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「キリストの福音にふさわしく生活しなさい」ピリピ1:27〜30

説教者:ラルフ・スミス牧師


ピリピ1:27〜30 ただ、キリストの福音にふさわしく生活しなさい。そうすれば、私が行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、あなたがたについて、こう聞くことができるでしょう。あなたがたは霊を一つにして堅く立ち、福音の信仰のために心を一つにしてともに戦っていて、どんなことがあっても、反対者たちに脅かされることはない、と。そのことは、彼らにとっては滅びのしるし、あなたがたにとっては救いのしるしです。それは神によることです。あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。かつて私について見て、今また私について聞いているのと同じく苦闘を、あなたがたは経験しているのです。 パウロはピリピ1:27~2:18までの段落で、ただ一つ(2003年版新改訳聖書)のこと、つまりキリストの福音にふさわしく歩みなさいと話す。これはピリピ人への手紙の中心的な訓戒になる。キリストの福音にふさわしく生活することをパウロは何よりも強調している。 キリストの福音にふさわしく歩む、というのは政治的な意味が含まれることばなので、御国の国籍をもつ者としてふさわしく歩みなさいということなのである。 このことを理解するために、まずパウロ自身のことを思い出していただきたい。 ●パウロの背景 パウロは3つの違う世界に属している。 1,ユダヤ人 まず、パウロはユダヤ人である。そのことはピリピ人への手紙の中で強調されていることである。そしてユダヤ人の中でもパリサイ人として育った。神様の律法に忠実に従って、非常に熱心だった(ピリピ3:5~6)。ユダヤ人であり、パリサイ人であるパウロはエルサレムの神殿の礼拝を非常に大切にしている。異邦人とユダヤ人を区別して、食べ物に関する律法や洗いきよめも厳しく守っていた。そして異邦人とたたかうだけではなく、イスラエルの中で律法を守らない人たちともたたかっていた、とても熱心なパリサイ人であった。 2,ギリシャ文明 パウロはタルソという町で育った。今のトルコの南東にある町である。タルソはパウロの時代には特別に豊かな町だった。BC85年頃にローマ帝国がアテネの町を取って自分たちのものにしたので、哲学者やインテリ派の多くの人たちがアテネからタルソの町に逃げて来た。それでタルソはギリシャ哲学の雰囲気のある町になり、パウロは子どもの頃から哲学者たちのディベートを聞いて育ったので、パウロにはギリシャの背景もある。 3,ローマ国籍 パウロはローマの国籍を持っている。それはいろいろな観点から見て非常に特別なことである。 ユダヤ人であるパウロが敵であるローマ帝国の国籍を持つのは不思議である。しかし同時にパウロはローマの国籍をもっていることを恥じてはいない。イタリアの中で、そしてローマの中で、ローマの国籍をもっていた人は5~7割と言われている。ほとんどがローマ人から生まれた人たちである。小アジア、ユダヤ、エジプトでは1~3%しかローマ帝国の国籍をもっていない。ローマの国籍をもつことは素晴らしい特別な祝福である。ユダヤ人がパウロに反対する時、パウロはローマ帝国に訴える。このようにローマ国籍は非常に特別なことであった。 ユダヤ人、ギリシャ文明、ローマ国籍。これがパウロの背景である。 ローマは偉大な栄光に満ちていた帝国であった。パウロが福音を伝えた道も、ローマ帝国が作ったものだった。だからローマ帝国のおかげでパウロは旅ができたとも言える。パウロの手紙もギリシャ語で書かれているので、ギリシャの背景のおかげでもある。 ●ピリピの教会の背景 じつはピリピの教会にもパウロと同じような文化的な背景がある。 1,ギリシャ文明 ピリピはマケドニアの町であるが(使徒の働き16章)、その中でも中心的な町であった。その理由の一つはマケドニアの王ピリピがその町を治めて自分の名前を付けたからである。ピリピはアレクサンダー大王の父親だった。その意味でギリシャ帝国の時代から有名な町だった。アレクサンダー大王はBC335年頃からペルシャ帝国より大きな国を作った。在位は10年ほどだったが、軍事的なことや政治的なことよりも、ギリシャ文明を発展させることを優先したので、どこに行ってもギリシャ文明を紹介した。それでローマ人もユダヤ人もギリシャ人もアフリカ人も公用語はギリシャ語だった。これがピリピ王の息子アレキサンダー大王がマケドニアから始めたことであった。ピリピの町の人々はこのことを誇りに思うこともあったと思う。 2,ローマ国籍 BC44年3月15日にジュリアスシーザーがカシウスとブルータスの陰謀によって暗殺されたことと関係する。シェイクスピアの劇によると、ジュリアスシーザーの葬儀でマークアントニーの演説を聞いた人々が、シーザーの復讐を求めてカシウスとブルータスに戦いを挑んだので、二人はローマから自分たちの軍隊と共に逃げた。オクタウィウス(後のアウグストゥス)とマークアントニーの軍隊はカシウスとブルータスを見つけてマケドニアのピリピの近くで衝突した。これがピリピの戦いと呼ばれ、この町がローマ帝国の時代に有名になった。 この戦いでカシウスとブルータスは殺される。それがBC42年である。オクタウィウスたちは兵をローマに連れ帰らず、ピリピに残したので、ピリピはローマの国籍を持つ特別な町となった。パウロと同じである。ピリピは小さなローマと呼ばれていたようだ。小アジアの中でローマ帝国の国籍をもつ国があるのは非常に特別なことであった。 3,アブラハムの子孫であるという認識 この異邦人の町ピリピに福音が伝えられ、イエス様を信じてクリスチャンになった人たちが大勢いて、ピリピの教会ができた。彼らはバプテスマを受けてアブラハムの子孫になったので、旧約聖書のストーリーは自分たちのストーリーであるという認識を持っていた。不思議なことに、ユダヤ人がこの教会に反対していた(ピリピ3:1~3)。だからパウロと同じようにユダヤ人とたたかっている教会である。自分たちはアブラハムの子孫であるという認識をもってユダヤ人とたたかっている。 ●パウロにとって、そしてピリピの教会にとって、神の御国の国籍をもつ者として福音にふさわしく歩むとは、どういうことなのだろうか。先ほどのパウロの背景から考えてみる。 1,ユダヤ人 モーセの律法を捨てるということではない。モーセの律法はイエス様において成就されたからだ。モーセの律法はいらないものとか関係ないものではなく、キリストご自身なのである。福音にふさわしい歩みとは、キリストを中心としてモーセの律法にしたがって歩み、それを教えることである。パウロはそのようにしていた。 クリスチャンになる前は、パリサイ人のパウロは異邦人とユダヤ人の間にある壁を守って、それを強める働きをしていた。ところがクリスチャンになったらパウロはその壁を壊さなければならなかった。ただ壊すだけではなくて、キリストのみによって異邦人とユダヤ人の間に一致が与えるように働くことになった。福音を信じることによって壁から解放されて一致することができる。 福音にふさわしく歩むとは、その壁を越えてキリストにある一致をもって歩むことであるとパウロは強調する。それで、食べ物もカレンダーも他のモーセの律法の儀式についても、象徴的な意味としてキリストを中心とした理解をする。 2,ギリシャ文明 ギリシャ文明にとって、福音は愚かな話で、イエス様の復活はありえない話である。しかしパウロは大胆に宣言して、神はこの世の知恵を愚かなものにしたと教える。 【第一コリント1:18、20】十字架のことばは、滅びる者たちには愚かであっても、救われる私たちには神の力です。… 知恵ある者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の論客はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。 パウロは真っ向からギリシャの哲学に反対する。しかしパウロは手紙をギリシャ語で書いている。ヘブル語では書いていない。そしてパウロの手紙は非常に論理的である。パウロは、タルソに逃げて来たアテネの哲学者たちから論理的な議論のやり方を学んで、それを用いている。パウロはみことばに逆らうギリシャの知恵に真っ向から反対するが、同時にギリシャの知恵から学んで、どのように反対すべきかをよく理解していて用いることができた。 3,ローマ国籍 ローマ帝国は偶像礼拝に満ちていて、人々はローマ皇帝の像にお辞儀をしなければならなかったが、ユダヤ人は例外として扱われた。そしてクリスチャンとユダヤ人を区別しなかったので、クリスチャンは迫害されていなかった。しかしAD64年に皇帝ネロがローマ帝国の皇帝になってから、クリスチャンへの迫害が始まった。 パウロは偶像礼拝を直接はっきりと反対したので、クリスチャンは皇帝の像の前で絶対にお辞儀しなかった。そのためにAD64年からAD325年までずっとクリスチャンは迫害され続けて、大勢が死刑にされた。裸で立たされて、コロシアムで何千人も見ている前で狼やライオンに食べられるという死刑のやり方である。そして最終的にローマ帝国は倒れた。 パウロはローマ帝国の腐敗した生活にも反対した。パウロの手紙に御霊の行いと肉の行いのリストがあるが、肉の行いはローマ帝国の皇帝の生活そのものであった。パウロはそれを攻撃するように書いている。罪深く、とんでもなく腐敗した生き方で、ハリウッド以上かもしれない。パウロの手紙を読んだ人たちは、ローマ人の生き方に反対しなければならないという印象を受ける。 ジュリアスシーザーが殺されてから、アウグストゥスやその子孫が皇帝として支配し続けた。彼らは自分のことを神の子と呼び、主(クリオス)と呼ぶ。パウロが福音を伝えるとき、イエス様のことを神の子、主(クリオス)と呼ぶ。パウロはローマ帝国と皇帝の考え方に真っ向から反対している。 福音にふさわしく歩むことは、パウロにとって旧約聖書の本当の意味が福音にあることを教え、ギリシャ文明の背景をもって神の方がはるかに知恵があることを大胆に伝え、ローマ帝国と皇帝の偽物の栄光をあばく。本当の神の子はイエス様のみである。 このようなパウロの歩み方は福音にふさわしい。 ピリピの教会も同じ3つのたたかいをもっている。そしてここに集っている皆さんも、似ているような3つのたたかいをもっている。 皆さんは日本人である。日本人であることは特別である。この日本で、クリスチャンとして、福音にふさわしい歩み方は何なのかを考えるのが私たちの課題である。21世紀の日本人は、西洋文明の影響を非常に強く受けている。進化論が世界観の土台になっている。それ以外に、エンターテイメント、映画、音楽も入ってきている。その面において福音にふさわしく歩むことについて考えることも非常に大切な課題である。政治的なことについて、私たちには特別な運動をしようとする思いはないし、パウロにもなかったが、今の時代の政治家の動きと聖書の教えとの違いも認識して歩まなければならない。日本の法律が同性愛を認めることになっても私たちは認めない。みことばの中にはっきり罪であると書かれている。法律だから正しいわけではない。みことばがいつも正しい。場合によっては法律とちがう教えがある。 このように、私たちにも西洋文明、進化論の世界観、政治的な動きの3つの背景があり、福音にふさわしく歩むにはどうすべきかを考えなければならない。 これからピリピ人への手紙を通して、ピリピの教会がどのようにたたかっていたのかを学び、私たちがどのようにたたかえばよいのかを考えたいと思う。 私たちは御国の国籍をもっている者であるという認識をもって、福音にふさわしい生き方とは何かを真剣に求め、たたかわなければならない。




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