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「パウロが慕う教会」ピリピ1:3~8

説教者:ラルフ・スミス牧師


ピリピ1:3~8

私は、あなたがたのことを思うたびに、私の神に感謝しています。あなたがたすべてのために祈るたびに、いつも喜びをもって祈り、あなたがたが最初の日から今日まで、福音を伝えることにともに携わってきたことを感謝しています。あなたがたの間で良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださると、私は確信しています。あなたがたすべてについて、私がこのように考えるのは正しいことです。あなたがたはみな、私が投獄されているときも、福音を弁明し立証している時も、私とともに恵みにあずかった人たちであり、そのようなあなたがたを私は心に留めているからです。私がキリスト・イエスの愛の心をもって、どんなにあなたがたすべてを慕っているか、その証しをしてくださるのは神です。

なぜ礼拝で説教をするのだろうか。エペソ4:11に「(キリストが)ある人を牧師また教師としてお立てになりました。」と書かれているように、牧師の務めの一つはみことばを教えることである。すべての教師が牧師とは限らないが、すべての牧師は教師でなければならない。それで牧師の日曜日の説教にはみことばを教える責任が含まれる。みことばを学ぶ小グループもあるが、日曜日の朝に、この時間だけ全員が集まるので、毎週日曜日の説教で教えるのは大切なことだと思う。

二つ目は、みことばを通して信仰を励まし、強められるためである。私たちは非常にはっきりと神様に逆らって、神様を無視して、みことばを嫌う環境の中に生きている。神なしの雰囲気の中で私たちは生きているのである。信仰をもって心からクリスチャンらしい思いをもって歩むために、みことばで励まされて強められることは必要だと思う。13世紀のヨーロッパで育った人の中に、神はいないと思う瞬間はない。周りの環境全体が唯一の創造主を信じる信仰だったから、自然に神様を信じるようになる。私たちの周りの社会はそれとは逆で、神を無視して、創造主なる神がいないという雰囲気なので、その中に生きている人々を励ますために毎週の礼拝で説教している。

三つ目は、聖餐をいただくための準備である。礼拝の頂は神様とともに食事をすることである。イエス様を表すパンと盃をいただくことは私たちにとって最高の祝福なので、説教はその心の準備のためにもあると思う。


ピリピ人への手紙の学びに入る。

私たちは先々週からピリピ人への手紙を学んでいる。パウロは伝道の旅に3回出かけている。最初の旅ではアンティオキアからガラテヤに行った。今のトルコの東側である。ガラテヤでパウロとバルナバが福音を伝えてアンティオキアに戻ってみると、ガラテヤの教会が福音から離れていると聞いたので、パウロはガラテヤ人への手紙を書いた。ユダヤ人の割礼主義者たちが、異邦人も割礼を受けなければ救われないと教えて、教会に影響を与えてしまった。これがAD46~47年ごろの話である。

そのために、AD48~50年頃に、エルサレムで大きな会議をもつことになった。その会議で、ユダヤ人のリーダーたちや使徒たちがエルサレムに集まって、異邦人の救いについて、割礼を受けるべきかどうかを話し合った。割礼はユダヤ人にとってはアブラハム契約のしるしで大きな問題であった。最終的に、その会議で、異邦人は割礼を受けなくても救われると宣言された。しかしパウロが死ぬ日までそのたたかいは続いている。パウロはいろいろな教会に手紙を書いて、悪い教師に影響を受けないように警告を与えて彼らを守らなければなければならなかった。

パウロたちの2度目の旅は、バルナバと別れてシラスとともに幻によってマケドニアに行った。マケドニアというとアレキサンダー大王を思い出す。その父の名前はピリピで、ピリピの町はアレキサンダー大王の父親の名前が付けられていた。パウロたちはこの町に一番最初に伝道した。おそらくAD51年頃だったと思う。そこで伝道して、パウロはテサロニケやべレアに1年半ほど滞在して、アンティオキアに戻った。

3番目の旅はエペソへの旅で、パウロはそこに3年間滞在した。それから少しだけピリピに寄って、エルサレムに行って逮捕されて、ローマに連れていかれて裁判を待っていた(AD60~62年)。パウロはピリピの手紙の中で投獄されていると書いている。投獄されている間に、エペソ、ピリピ、コロサイ、ピレモンの四つの手紙を書いた。私たちはエペソ、コロサイ、ピレモンの手紙を学び終わったので、このピリピで四つの手紙は最後になる。つまりパウロは裁判を受けるときが近いことを表す。もしかしたら殺されるかもしれない。でも多分牢から出て、みなさんと会えるでしょう、とも書かれている。



私は、あなたがたのことを思うたびに、私の神に感謝しています。あなたがたすべてのために祈るたびに、いつも喜びをもって祈り、あなたがたが最初の日から今日まで、福音を伝えることにともに携わってきたことを感謝しています。(1:3~5)

コロサイ人への手紙を一言でいうなら「キリスト」である。パウロはコロサイ人への手紙でずっと、すべてのことにおいてキリストが第一だと教えている。ではこのピリピ人への手紙を一言でいうと何だろうか。「喜ぶ」だと思う。この手紙には、「喜ぶ」や「喜び」など名詞も動詞も非常にたくさん出て来る。ローマ人への手紙で7回、第一コリントで3回、第二コリントで13回出て来る。ガラテヤでは1回だけみんなよく知っている御霊の実を教えているところに出て来る。つまりパウロはガラテヤの教会を喜んでいるのではない。エペソは0回。コロサイは3回。第一テサロニケは6回。第二テサロニケ0回、へブル4回、テモテ1回、ピリピ14回である。第二コリントにもたくさん出て来るが、第二コリントは長い手紙でピリピは短い手紙であるので、このピリピ人への手紙は非常に喜びが強調されている手紙である。それを一番最初から見ることができる。パウロはピリピの教会のためにいつも喜びをもって祈っている。繰り返し喜ぶというテーマがこの手紙の中に出て来る。パウロは一般的に見れば全然喜ぶべき状況にはない。裁判が近くて死ぬ可能性もある。その中でパウロは心から喜んで神様に祈っている。どうしてパウロがピリピの教会にこんなに感謝しているのかというと、前回見たとおり、ピリピの教会がパウロのことを覚えているからである。最初から熱心にパウロに献金し、貧しい教会に献金している。自分たちを神様にささげてコリントの教会の模範になっていた。だからパウロはこの教会について感謝している。

ピリピの教会は、パウロがピリピの町に最初に入った日から福音を伝えることに携わってきた。ピリピの教会は、福音を熱心に伝える教会で、福音の働きに心から喜んで参加している教会である。パウロが最初にピリピの町を訪ねた時のことが使徒の働き16章に書かれている。ピリピの町には会堂がなかった。パウロはテサロニケでもべレアでも町に入ったらまず最初に会堂に行くのだが、ピリピの町には会堂がなかった。その代わりに川で祈っている女性たちがいたので、パウロはまずその人たちに福音を伝えた。その中にリディアという女性がいた。神様がリディアの心を開いたので、リディアとその家族がバプテスマを受けた。リディアはパウロとテモテとルカとシラスの四人を自分たちの家に招いたので、彼らはリディアの家に泊まった。そのようにして、ピリピの町を最初に訪ねたときからリディアたちはパウロたちと交わりをもって福音の働きに参加していた。

もう一つ、使徒の働き16章にある有名な話はピリピの牢の看守の話である。神様がリディアの心を開いたので彼女は神様を信じたが、ここでは神様が牢の扉を開いたので、看守が神様を信じた。パウロが看守に福音を伝えたので、看守と看守の家族がバプテスマを受けて救われた。リディアも看守もそれぞれの家族もバプテスマを受けて救われた。ピリピの教会の始まりは明白に神様の働きによる。



あなたがたの間で良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださると、私は確信しています。(1:6)

神様が働いて、最後まで守ってくださることをパウロは確信している。それがこの手紙を書いた3番目の理由である。

パウロがこの手紙を書いた理由は以下の3つである。

1、ピリピの教会に献金についての感謝を伝えるため。

2、悪い教師に警告して、ピリピの教会が彼らから悪い影響を受けないように守るため。

3、迫害の苦しみの中で、ピリピの教会が一致して堅く立つように励ますため。


神様が働いて、最後まで守ってくださるというこのパウロの確信は正しい。そしてパウロは心からこの教会を慕っている。その証人は神ご自身である。神様は最後まで守ってくださる。

この中で誤解されやすい言い方がある。それは「キリスト・イエスの日」である。

ほどんどの注解書が歴史の終わりだと考えている。しかしパウロの手紙を読むと、たとえば第一コリントにこのように書かれている。

【第一コリント10:11b】それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。

別の訳では「世の終わりに直面している私たち」というものもある。パウロは歴史の終わりという意味で「世の終わり」と言っているのではない。契約の時代の終わりである。古い契約の時代の終わりである。神殿がさばかれるときに、明らかに旧約のイスラエルは神の民ではなく、イエス様を信じる者が本当の神の民であることが明白に証明される。それがイエス様のオリーブ山の説教の一つの大きなポイントである。弟子たちは神殿を見て感動しているが、イエス様は、この建物は破壊されると言う。弟子たちが、それはいつですかと聞くと、イエス様はオリーブ山の説教をする。神殿が破壊されるまでに、飢饉や戦争が起こるがそれはまだ終わりではない。ルカの福音書に詳しく書かれているが、エルサレムがローマ軍に包囲されるのを見たら滅亡が近い(ルカ21:20).

神様は神殿をさばいてイスラエルと離婚する。ホセア書全体にそのことが詳しく書かれている。エレミヤ書もエゼキエル書もそれがメインのテーマである。イスラエルに対する神のさばきが神殿において表されている。エゼキエル8~10章で神様がエルサレムの神殿から離れていく幻をエゼキエルが見る。神様はバビロンの軍を連れてきて神殿を破壊する。しかしその70年後に再び神殿が建て直されて民は戻る。エズラの時代に神殿を建て直して、イスラエルは神とともに住む。イスラエルはまだ神の契約の民であった。しかしその後ずっとイスラエルは神に逆らい続けた。神様が預言者を送って悔い改めるように言っても、イスラエルは聞かなかった。悔い改めなければ神のさばきがくることを、バプテスマのヨハネからずっと警告して、イエス様ご自身がオリーブ山の説教で強調して教えたのに、彼らは聞かなかった。「キリスト・イエスの日」はそのさばきが来るときである。神殿が破壊されるとは、つまり、イエス様がメシアとして預言したことが成就したということである。それがイエス様がメシアであることの明白な公然な証明である。だから「キリスト・イエスの日」はイエス様がキリストであることを表す日なのである。

神様はローマ軍によって神殿を破壊し、神様の花嫁はキリストを信じる教会にかわった。教会には異邦人とユダヤ人の区別はない。教会は新しい神様の民となる。

神様は最後まで守って良い働きを完成させてくださる、というパウロのことばは、ピリピの教会の人々への励ましとなる。彼らはすでに迫害を受けている。彼らはイエス様のオリーブ山の説教を知っていて、「キリスト・イエスの日」が近ければ近いほど迫害が激しくなることも知っている。しかしそこまで激しい迫害の中にあるピリピの教会を神様は守ってくださる。パウロは感謝の祈りをささげている。この人たちがどんなに激しい反対を受けても、神様がそれを成し遂げてくださる。



あなたがたすべてについて、私がこのように考えるのは正しいことです。あなたがたはみな、私が投獄されているときも、福音を弁明し立証している時も、私とともに恵みにあずかった人たちであり、そのようなあなたがたを私は心に留めているからです。私がキリスト・イエスの愛の心をもって、どんなにあなたがたすべてを慕っているか、その証しをしてくださるのは神です。(1:7~8)

8節の「私がキリスト・イエスの愛の心をもって、どんなにあなたがたすべてを慕っているか、その証しをしてくださるのは神です。」をギリシャ語の原語に直訳すると、「神様は私の主、証人です。」というところから始まる。今でも裁判は証人の誓いから始まる。パウロのことばも公的な誓いで、裁き主である神の前で正式に誓っている。

パウロはこの教会を慕っている。みんなに会いたい。パウロがこの教会をどんなに慕っているか、神様がその証人である。

熱心に伝道に参加する教会に、当然パウロは直接会って交わりの機会を持ちたいと思っているだろう。

しかしここに非常に不思議なところがある。パウロはユダヤ人である。敬虔なユダヤ人は異邦人と食事しないのではなかったか。ペテロも夢の中で神様に命令されなければ異邦人と食べることなど想像もできなかった。神様に直接命令されたので、ペテロはコルネリウスの家に行く。この家族が神を信じる家族であることをぺテロは知っていたが、バプテスマを授けようとはしなかった。神様がコルネリウスに御霊を与えてくださって、それがあまりにもはっきりしていたので、ペテロはバプテスマを授けた。そしてコルネリウスたちはペテロに願って何日か一緒に滞在してもらった。

ペテロがエルサレムに戻ると、エルサレムのユダヤ人は、「異邦人(コルネリウス)がバプテスマを受けてよかったですね」とは言わず、なぜ異邦人と一緒に食事をしたのか、とペテロを非難したのだ(使徒の働き11:1~3)。

ユダヤ人と異邦人は文化も食べ物もちがうし、食べ方もちがう。だからユダヤ人は異邦人とはいっしょに食事しない。親しい交わりをもつこともしない。異邦人の中にもいろいろな民族がある。コロサイ人への手紙に出てきたスキタイ人は野蛮人の中の野蛮人である。野蛮人の姿、野蛮人のにおい、野蛮人の食べ方をスキタイ人は自然にしてしまう。パウロはスキタイ人もキリストにあって一つだと言う。いろいろな民族が集まっても、彼らのアイデンティティはキリストにある。キリストにあって私たちは一つである、という思いがなければ、ユダヤ人と異邦人は友達にはなれない。心から会いたくて、一緒に交わりをしたい、という思いにはならない。キリストだけがこのような一致を与えることができる。キリストだけがこの一致を保って祝福することができる。

私たちは、ユダヤ人と異邦人ほどの民族的な区別はないと思う。アメリカ人も、中国人も、そのほかの国の人もいる。日本も東と西では文化がちがう。キリストにあって一つになっている人たちは、お互いを愛し合って一致をもつことができるのが、大きな福音の祝福の一つである。パウロはそれが福音の奥義であると言う。

聖餐を受けるとき、私たちは一緒に食事をしている。それも単なる食事ではなくて、主イエス・キリストのからだと血を表す食事をいっしょにいただく。それが一致を表す。

聖餐の意味を毎日の生活において生かす。そのために、私たちはキリストにあってお互いを愛し合って、一致をもって福音のためにたたかう心を深めなければならない。

パウロは繰り返し、「あなたがたはみな」と言う。これはピリピの教会を励ますためでもある。でも私たちも一致を心から求めて、一緒に毎週の聖餐をいただくことが、愛をもって一緒に歩む土台である。愛において成長することを心から求める。




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