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「成長し続ける教会」ピリピ1:9〜11

説教者:ラルフ・スミス牧師


ピリピ1:9〜11

私はこう祈っています。あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、大切なことを見分けることができますように。こうしてあなたがたが、キリストの日に備えて、純真で非難されるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実に満たされて、神の栄光と誉が現されますように。

ピリピの教会は、理想的な、愛に満ちた教会であった。この教会のためにどのように祈ったらよいのだろうか。

これまでにパウロが手紙を送った教会は理想的な教会ではなかった。

・ローマの教会

ローマの教会はパウロがまだ訪ねていなかったときに書かれたれたものだが、弱い者と強い者が対立していることや神学的な問題があった。

【ローマ15:14】私の兄弟たちよ。あなたがた自身、善意にあふれ、あらゆる知識に満たされ、互いに訓戒し合うことができると、この私も確信しています。

・コリントの教会

ローマの教会は良い教会だったと言えると思うが、コリントの教会はひどかった。

若い人がクリスチャンになったときに、聖書を読むならぜひコリント人への手紙から読んでください、と勧める人はいないだろう。道徳の問題、神学の問題、教会の兄弟同士の問題など、考えられないほどのひどい教会だったが、パウロはコリントの教会の信仰について神に感謝している。コリント人への手紙第二の方が状況は良くなっているが、それでも問題は残っていた。

・ガラテヤの教会はパウロの最初の伝道旅行で訪ねた教会であるが、手紙の中でパウロはこの教会を神様に感謝していない。あまりにも問題が深くて、完全に御言葉から離れてしまっていた。

・エペソの教会

エペソの教会は手紙の中で大きな問題に触れてはいないが、第二エペソ人への手紙(つまり黙示録)の中に問題が書かれている。イエス様はエペソの教会に手紙を書いている。

【黙示録2:4〜5】けれども、あなたには責めるべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。だから、どこから落ちたのか思い起こし、悔い改めて初めの行いをしなさい。そうせず、悔い改めないなら、わたしはあなたのところに行って、あなたの燭台をその場所から取り除く。

・コロサイの教会

コロサイの教会は、悪い教師が影響を与えていた。それでエパフラスが心配してパウロのところに行って相談したので、パウロがコロサイ人への手紙を書いた。コロサイ1章の祈りと今日学ぶピリピ1章の祈りは似ている。知識について、知恵について、愛について、実を結ぶことについて祈っている。

【コロサイ1:9b】どうか、あなたがたが、あらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころについての知識に満たされますように。

・テサロニケの教会

テサロニケの教会は、教えの問題と道徳の問題が両方出て来くる。


黙示録の2章と3章の中に7つの教会に宛てた手紙があるが、その中で、イエス様が責めなかった教会は2つしかない。スミルナとフィラデルフィアである。他の教会はすべて責められている。場合によって激しく責められている。時々、初代教会のようになりたいと言う人がいるが、初代のどの教会かによると思う。様々な教会があって、それぞれに問題があって、その意味で私たちの時代の教会とそんなに変わらないのではないかと思う。


ピリピの教会はじつに愛に満ちて素晴らしい教会である。その素晴らしい教会のためにパウロは祈っている。この祈りを細かく考える前に、キーワードをいくつか注目していただきたいと思う。

・愛

愛は成長し溢れる。

・知識と識別力

愛は知識と識別力のうちに成長する。

・実を結ぶ

・神の栄光を表す


この祈りを読んで考えてみると、これは知恵の言葉なのである。本当の知恵は愛から始まり、愛に満ちていく。そのことを考える時、今日読んだ詩篇72篇のソロモンのことを思い出す。

【詩篇72:15】どうか 王が生き続け 彼にシェバの黄金が献げられますように。王のためにいつも彼らが祈り 絶えず王ををほめたたえますように。

この筆者は明らかにソロモンのことを考えている。72篇はメシアを預言している詩篇でもある。イエス様はスーパーソロモンでソロモン以上に素晴らしいお方である。

今日はイザヤ11章も読んだ。

【イザヤ11:1〜2】エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。その上に主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、思慮と力の霊、主を恐れる、知識の霊である。

メシアが国民(くにたみ)を正しく治めるというイザヤの預言であるが、ソロモン自身も御霊に満ちて正しく治めていた。アブラハムに約束されたイスラエルの土地が、ソロモンの時代に初めて与えられた。ユーフラテス川からエジプトまで全てイスラエルの土地で、その中の国々はソロモンに税金を払っていた。イスラエルはその辺り全体のリーダーとなって、アブラハムに与えられた約束が成就した。

ソロモンが王座についたとき、神様が現れた。

【第一列王記3:3a、5】ソロモンは主を愛し、父ダビデの掟に歩んでいた。ギブオンで主は夜の夢のうちにソロモンに現れた。神は仰せられた。「あなたに何を与えようか。願え。」

ソロモンは神を愛していた。ダビデも神を愛して、神を礼拝することを非常に強調した。詩篇を書いたり、神殿を建てる計画を立ててその材料を集めたりしていた。ソロモンはそのダビデの子。ダビデの子らしく神を愛したので、神はソロモンに「願え。」と言ってくださった。

【第一列王記3:9】善悪を判断してあなたの民をさばくために、聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、この大勢のあなたの民をさばくことができるでしょうか。

ソロモンは聞き分ける心、つまり識別力(ヘブル語はどちらにも翻訳できる)を求めた。本当の知識は愛から生まれてくる。本当の愛は知識と知恵を求める。識別力がなければ善と悪の区別は十分に正しくできない。ソロモンは神様にそのように祈り、神様は祈りに答えてくださった。神様はソロモンに知識、知恵、識別力を与えてくださり、ソロモンは理想的な王になっていく。その後すぐに、子どもを取り合う2人の女性が、どちらも母親だと主張してソロモンの前で言い合いをする。ソロモンはこの2人の問題を取り扱い、まことの母親を見抜いた(第一列王記3:16~28)。この出来事を通して、神の知恵がソロモンのうちにあることを人々は見た。

ソロモンが素晴らしい神殿を建て上げたときに、祈りをささげた。神様はソロモンの祈りに応えて、神殿を祝福してくださることを約束する(第一列王記8~9章)。

このようにソロモンは神を愛して神に知恵を求め、神もソロモンを愛して知恵を与えた。ソロモンの愛と知恵を一番表すのが神殿であった。

第一列王記10章に非常に面白いストーリーがある。シェバの女王がソロモンのところに来た話である。

【第一列王記10:1】ときに、シェバの女王が、主の御名によるソロモンの名声を聞き、難問を持って彼を試そうとしてやってきた。

ソロモンは神の御名によって有名になっていた。明らかに神に対する信仰を表していたからである。ただ単に知恵があるから有名になったのではない。知恵の初めは主を恐れることである。シェバの女王は難問を持ってやって来た。本当にソロモンにそこまで知恵があるのか、試そうとしたのである。女王はたくさんの従者、多くの金や宝石を持ってエルサレムにやって来た。王を試すための難問だけではなく、女王が抱えている問題についても聞いたのではないかと思う。ソロモンは彼女の全ての問いに答え、答えられなかった事は1つもなかった。女王はソロモンのすべての知恵と宮殿(神殿)と料理、家来たちの態度や服装を見て、さらに驚いた。すべてソロモンが導いて、細かいところに至るまで主からの知恵を表していた。料理は芸術的で、色合い、皿、味、運ぶ人の着物が優れていた。そしていけにえをささげる場面を見て感動した。レビ人の聖歌隊、音楽、彼らの佇まい、歩き方、神殿の美しさまで見て女王は感動した。見ることも聞くこともできる素晴らしい知恵であった。

ソロモンほどの優れた王のために、どのように祈るべきだろうか。優れたピリピの教会のためにどのように祈るべきかという問いに似ている。

じつは、ソロモンのためにどのように祈るべきか私たちはわかっている。1年間にソロモンのところに入ってきた金は666タラントだった(第一列王記10:14)。黙示録で有名な数字はここに初めて出てくる。ソロモンはエジプトに行ってエジプトから馬を連れてきて、敵であるヒッタイト人に売った。自分の敵に戦いのための武器を与えるようなものだった。

【申命記17:16〜17】ただし王は、決して自分のために馬を増やしてはならない。馬を増やすために民をエジプトに戻らせてはならない。主は「二度とこの道を戻ってはならない」とあなたがたに言われた。また王は、自分のために多くの妻を持って、心がそれることがあってはならない。自分のために銀や金を過剰に持ってはならない。

ソロモンはシェバの女王からたくさんの金をもらいエジプトに馬を買いに行った。これは申命記の命令に反することである。さらに多くの異国の女性を愛してしまった(第一列王記11:1)。異国の女性を妻にすること自体は問題ではない。メシアの系図にはカナン人のタマルとカナン人で売春婦のラハブとモアブ人のルツもいるのだ。妻たちが本当の神様を信じていないのが問題なのである。神を信じていない女性たちと結婚すると心を奪われて、他の神々の方に心が向いてしまうという警告は申命記にある。それが問題である。知恵もあり識別力もあり神を愛するソロモンでさえ、誘惑に負けて偶像礼拝をしてしまう。妻700人、そばめ300人。いろいろな国のリーダーたちがソロモンと条約を結ぶために自分の娘を妻に与えてきた。政治的な結婚もあった。ところがソロモンはこの女性たちを愛して、この女性たちの神々のために神殿を作り礼拝してしまった。

【第一列王記11:2】この女たちは、主がかつてイスラエル人に、「あなたがたは彼らの中に入ってはならない。彼らをあなたがたの中に入れてもいけない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる」と言われた、その国々の者であった。しかし、ソロモンは彼女たちを愛して離れなかった。彼には、七百人の王妃としての妻と、三百人の側女(そばめ)がいた。その妻たちが彼の心を転じた。ソロモンが年をとったとき、その妻たちがの彼の心を神々の方へ向けたので、彼の心は父ダビデの心と違って、彼の神、主と一つにはなっていなかった。

ソロモンは自分の妻にも神にも心が向いていなかった。

ソロモンほど優れた王のためにどのように祈るべきか。愛において、識別力において、知恵において成長できるように祈るべきである。

パウロは同じことをピリピの教会のために祈っている。もう得た、もう大丈夫と思ってはならない。求めたら与えられた。そうしたら後はリラックスしてくださいという教えは聖書にはない。ピリピのような素晴らしい教会に、さらに神様を求めて成長するように祈っている。パウロも私は得たのではないと言っている。

【ピリピ3:13〜14】兄弟たち。私は、自分がすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださるという、その賞をいただくために、目標を目指して走っているのです。

パウロはピリピの教会に模範を示す。きよければきよいほど気をつけなければならない。ダビデも失敗した。ソロモンも失敗した。自分が正しいと思う時こそ気をつけなさい。続けて成長を求めるのが生きている信仰である。パウロがピリピの教会のために祈る時、続けて愛において成長し、識別力を持って実を結ぶように祈っている。そのようにして神の栄光を表すことができるように祈っている。


私たちの教会はピリピの教会ほど成長していないが、私たちが成長しなければならないこと、目標に向かって走らなければならないこと、その認識を持つことは大切である。

私たちはどのように祈るべきか。愛において、識別力において、知恵において成長するように祈る。求めていなければ止まってしまう。ソロモンは女性たちの影響受けて主を恐れるという根本的なことに失敗した。ダビデも失敗した。私たちも失敗することはありえる。だから続けて成長を求めなければならない。




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