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「機会を十分に活かし、知恵をもって行動しなさい。」コロサイ4:5〜9

説教者:ラルフ・スミス牧師


コロサイ4:5〜9

外部の人たちに対しては、機会を十分に活かし、知恵をもって行動しなさい。あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味の効いたものであるようにしなさい。そうすれば、一人ひとりにどのように答えたらよいかが分かります。私の様子はすべて、愛する兄弟、忠実な奉仕者、主にある同労のしもべであるティキコが、あなたがたに知らせます。ティキコあなたがたのもとに遣わすのは、ほかでもなく、あなたがたが私たちの様子を知って、心に励ましを受けるためです。また彼は、あなたがたの仲間の一人で、忠実な、愛する兄弟オネシモと一緒に行きます。この二人がこちらの様子をすべて知らせます。



外部の人たちに対しては、機会を十分に活かし、知恵をもって行動しなさい。4:5

「機会を十分に活かし、知恵をもって行動しなさい。」というパウロの命令と、ティキコとオネシモの旅の関係については、最初は考えなかったが、じつは深い関係がある。そしてこの箇所は私たちの教会にとって、とても大切である。それを説明するために、歴史的な背景、ティキコとオネシモのことを考えなければならない。

パウロは3回の伝道旅行をした。最初の旅はガラテヤ、2回目はコリント、3回目はエペソである。パウロはエペソに3年間滞在したが、それはどこよりも長かった。エペソは大きな町で、パウロが不思議な奇跡を行ったことが使徒の働きに書かれている。エペソでたくさんの人が救われてエペソの教会が始まった。

AD55年頃にエペソの旅から帰ってきたパウロはエルサレムで逮捕され、カイサリヤに2年間行かされて、その後ローマに着いたのがAD60年頃だった。この時点でエペソの教会はまだ五年の歴史しかなかった。コロサイの教会、ラオデキアの教会、ヒエラポリスの教会を設立して伝道したのはエパフラスで、その教会も作られてからまだ五年もたっていない。パウロはローマからティキコとオネシモをコロサイの教会に送った。スタンフォード大学が古代ローマ帝国の地理を研究したら、パウロの時代にはローマからエペソまで2週間で行けることがわかった。当時は2週間で行けるならそれほど大変な旅ではなかった。エペソは港に面しているので、ティキコとオネシモはコロサイに行く前にまずエペソに行く。

【エペソ6:21~22】私の様子や私が何をしているかを、あなたがたにも分かってもらうために、愛する兄弟、主にある忠実な奉仕者であるティキコがすべてを知らせます。ティキコをあなたがたのもとに遣わすのは、ほかでもなく、あなたがたが私たちの様子を知って、心に励ましを受けるためです。

ティキコはエペソ人への手紙、コロサイ人への手紙、ピレモンへの手紙を持って、まずエペソに行くった。エペソの教会ではどの手紙を先に読むのだろうか。三つとも読むのだろうか。

ティキコまずピレモンへの手紙を先に読むだろう。エペソの教会の人はオネシモのことを知っているので、彼がどういう人でどう扱われるのか自然に知りたくなると思う。ティキコたちがピレモンの手紙を読めば彼らにもわかる。ただしエペソの教会は人数が多かった。パウロがエペソで働いた3年の間に、勝手な推測だが1,000人ぐらいの教会になっていたと思う。エペソの教会は小さくて弱々しい教会ではなかった。

【使徒の働き19:10】これが二年続いたので、アジアに住む人はみな、ユダヤ人もギリシャ人も主のことばを聞いた。

このようにアジアのすべての人がパウロの福音を聞いたことをルカは教えてくれている。教会の働きはかなり祝福された。先ほどエペソの教会が1,000人ほどいたのではないかと言ったが、1,000人が一つの場所に集まることはできない。2世紀か3世紀に、あるお金持ちが自分の家を教会に変えたが、一番広い部屋でも入るのは150人。普通の家だったら大きな部屋でも30人から50人。だからエペソの教会が1,000人だったら集まるために少なくとも十か所は必要になる。ティキコとオネシモはエペソで集会所になっている家をあちこち訪ねて、パウロについていろいろな質問に答える。ピレモンへの手紙を読んで、また質問に答える。エペソ人への手紙を読んでまた質問に答える。コロサイ人への手紙を読んでまた質問に答える。そのためティキコとオネシモは1~2週間エペソに滞在していたと思う。

次にティキコとオネシモはエペソからコロサイまで、200kmの道のりを5日ほどかけて歩いて訪ねた。ティキコとオネシモはコロサイに着いたらまず教会に行くのではなくて、教会のリーダーであるピレモンのところに行くのではないかと思う。おそらくティキコは先にピレモンに会ってパウロからのピレモンへの手紙を渡し、ピレモンが手紙を読んでからオネシモを連れてきただろうと思う。オネシモはピレモンのところから逃亡した奴隷なので、いきなりオネシモが現れたらピレモンはびっくりしてしまうから。オネシモは帰って来た放蕩息子のようにピレモンに赦しを求め、ピレモンは手紙を読んだあとで当然赦した。

それからティキコとオネシモは、おそらくピレモンも一緒に、コロサイの教会のいくつかの集会所に行き、そこでもエペソ、コロサイ、ピレモンの手紙を読んでパウロの様子を知らせ、質問を受けた。

ヒエラポリスの教会とラオデキアの教会はコロサイから2~3時間離れたところにあるから、そこにも行って3つの手紙を読んでパウロの様子を知らせて質問に答えていたと思う。

使徒の働きによると、古代教会にはお金持ちが多かったので、人に頼んでパウロの手紙の複製を作ってもらうことができた。そしてあちこちの教会に渡していただろうと思う。



・機会を十分に活かして

ティキコとオネシモがコロサイの教会で声を出して手紙を読んで、その手紙の内容について、またパウロの様子について質問を受けた。パウロは軟禁状態でローマの兵士に一日中鎖に繋がれていた。兵士は何時間かで交替するのだが、おそらく4時間ごとだと思う。それで計算すると、1日に6人の兵士がパウロに繋がっていることになる。しかし、パウロは苦しいから解放してください、と神様に祈っていない。もちろん兵士に鎖で繋がれているのは楽しいことではないが、パウロにとっては逮捕されてローマにいるのは福音を伝える機会となっている。パウロはこの機会を十分に活かしている。

【ピリピ1:12】さて、兄弟たち。私の身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったことを知ってほしいのです。

エペソ、コロサイ、ピレモンの手紙はティキコが届けたが、ピリピ人への手紙はちがうときに別のだれかの手によって届られたパウロからの手紙である。

福音はどのように広まるのだろうか。逮捕されて軟禁状態になったことが福音を前進させたとパウロは言う。

【使徒の働き28:30】パウロは、まる二年間、自費で借りた家に住み、訪ねて来る人たちをみな迎えて、少しもはばかることなく、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。

そしてパウロは機会を生かして、ローマの兵士たちにも福音を伝えている。

【ピリピ4:22】すべての聖徒たち、特にカエサルの家に属する人たちが、よろしくと言っています。

パウロを軟禁している兵士たちは、ローマでは位が上の軍人たちだった。パウロはその軍人たちにも、パウロを訪ねて来る人たちにも熱心に福音を伝えている。ティキコとオネシモは、コロサイやエペソの教会の人たちにこのようなパウロの様子を伝えた。パウロが機会を十分に活かして福音を伝えている姿がエペソやコロサイの教会にとっての模範であった。

パウロの働きの証拠としてオネシモがいる。オネシモはピレモンから逃げた奴隷で、本来なら死刑を受けるべきだった。しかし逃げてきたオネシモを見たパウロは、それが機会だと思って、オネシモに福音を伝えたので、オネシモはコロサイの人たちに救いの証しすることができた。奴隷が逃げてきたことも、逮捕されたことも、ローマの牢に軟禁されたことも、裁判も機会である。パウロは機会をとにかく生かす。ティキコもその証をするし、オネシモは生きている証しである。



・外部の人に対して

パウロはコロサイの人に「外部の人に対しては」と言う。コロサイの教会はほとんど異邦人で、ここで救われた人はクリスチャンとしてまだ5年しかたっていない。私たちの観点ではクリスチャンになって5年というのは短く感じる。そして自分の聖書を持ってる人も少ない。教会に行ってだれかに声を出して読んでもらわないと、みことばに触れる機会もない。昔の教会では、集まって聖書を読んでもらうときは非常に長い時間になるが、彼らは喜んでそれを聞く。パウロは、そのようなコロサイの教会の人たちに、「外部の人たちに」「機会を十分に活かして」証しするように話している。この「生かす」というのは「贖う」とか「買い戻す」という意味のことばで積極性を表している。道を歩くときも、店で会うときも、職場でも、機会が与えられるように祈り求めて、機会を生かして福音を伝えるように、コロサイの人たちにも、私たちにも言っていると思う。



・知恵をもって行動しなさい

パウロはコロサイの教会に、知恵をもって生きるように命じている。ここには特別な意味がある。コロサイの教会に悪い影響を与えようとしている教師たちがいて、自分たちこそ知恵があると言っていたからだ。

パウロは第一コリントで知恵ということばを一番たくさん使っている。次いでローマで8回、コロサイで6回使われているので、割合でみると多い。

【コロサイ2:3】このキリストのうちに、知恵と知識の宝がすべて隠されています。

このように知恵を強調する手紙の中で、外部の人に知恵をもって行動しなさいと命じている。コロサイの教会の人はことばで証をすることになる。



あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味の効いたものであるようにしなさい。そうすれば、一人ひとりにどのように答えたらよいかが分かります。4:6

・そうすれば、一人ひとりにどのように答えたらよいかが分かります。

外部の人がコロサイの教会の人たちの生き方を見て質問するので、彼らはそれに答える機会が与えられる。

【第一ペテロ3:15b】あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい。

救われたばかりの人は、自分がどのように救われたかを話せる。救われたばかりなので、証しできないということではない。みことばの知識がそんなになくても大丈夫。正直に心からイエス様のことを話せるはずだ。そして聞かれたら機会だと思って答える。聞かれる前から知恵をもって行動し、機会を与えてくださいと祈りながら歩むと機会が与えられる。



・あなたがたのことばが、いつも親切で、塩味の効いたものであるようにしなさい。

「親切」は「恵みによるもので」という意味。だから単に親切ではない。

「塩味の効いたもの」はパウロからずっと聞いていたからわかる。ピレモンの手紙を読んでいるからわかる。恵みも塩味も効いている。


パウロが模範を示して、ティキコとオネシモがそのことを話したので、コロサイの教会は、自分たちがどのように生きるべきか、どのように証しすべきか、どのように機会を生かすべきかがわかる。

エペソの手紙でも同じような言い方をする。

【エペソ5:16】機会を十分に活かしなさい。悪い時代だからです。

このあとで御霊に満たされる話をして、夫婦について、親子について、主人と奴隷について、霊的な戦いについて教えている。エペソ人への手紙では知恵をもって生きるのは家から始まるとパウロは教える。

コロサイ人への手紙では、知恵をもって行動しなさいと言ったあとで、夫婦や親子関係の教えの前に、みことばを心に刻んで、お互いにみことばに満ちている者になって、知恵をもってお互いに教え合い、励まし合いなさいと言う。心から歌って、神様にいつも感謝をささげげなさい、と教えている。


毎日の生活をクリスチャンらしく歩むのは知恵の歩み方なのである。

【詩篇111:10】知恵の初め それは主を恐れること。これを行う人はみな賢明さを得る。主の誉れは永遠に立つ。

私たちはソロモンの箴言から知恵の教えを深く理解して生かすところまでまでは成長していかないかもしれないが、毎日の生活において神様の命令を守って喜んで歩むのは知恵のある生き方である。

みことばを理解すれば理解するほど毎日の生活に適用して歩むことができる。それが知恵の生き方である。

エペソの手紙で、機会を活かして歩むのは悪い時代だからだとパウロは言う。悪い時代とは、イエス様がエルサレムをさばく時代だというである。イエス様がそれを預言してからすでに30年たった。この世代が終わる前にすべて成就されるとイエス様は言われた(マタイ24:34)。そのさばきはそろそろ来る。イエス様はその時代が大変で悪い時代だと警告していた。教会の中で争いがあり、お互いを裏切ったりするようなとんでもない試練の時である。悪い時代だからこそ、そこから逃げるのではなく、パウロのように機会を活かす。


私たちも確かに悪い大変な時代に生きている。道徳的にどんどん落ちてどうしようもなく悪い時代である。だからここから逃げてどこかの島に行って幸せに暮らしましょう、というのではなく、機会を活かして福音を熱心に伝える。日本もアメリカも西ヨーロッパも、今までの人類の歴史の中で一番豊かな時代に生きてきた。スーパーで何でも買えるのは特別な祝福であることを理解してほしい。しかしこれからも同じようにすべてがうまくいくとは限らない。経済的にとんでもなく悪い時代になるかもしれない。戦争になるかもしれないし、倫理的な戦いが激しくなるかもしれない。だから証しをする機会をもっと熱心に求めて、福音を伝える。どのように答えたらいいか、人から質問してもらうためには、毎日の生活で喜んで感謝して神の教えに従った歩みをすることによって、人が求めてくれるようになる。祈りながら神の御国を一緒に求めましょう。




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