top of page

「生きることはキリスト」ピリピ1:21〜30

説教者:ラルフ・スミス牧師


ピリピ1:21〜30

私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です。

しかし、肉体において生きることが続くなら、私の働きが実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいか、私には分かりません。

私は、その二つのことの間で板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。

しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためにはもっと必要です。このことを確信しているので、あなたがたの信仰の前進と喜びのために、私が生きながらえて、あなたがたすべてとともにいるようになることを知っています。そうなれば、私は再びあなたがたのもとに行けるので、私に関するあなたがたの誇りは、キリスト・イエスにあって増し加わるでしょう。

ただ、キリストの福音にふさわしく生活しなさい。そうすれば、私が行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、あなたがたについて、こう聞くことができるでしょう。あなたがたは霊を一つにして堅く立ち、福音の信仰のために心を一つにしてともに戦っていて、どんなことがあっても、反対者たちに脅かされることはない、と。そのことは、彼らにとっては滅びのしるし、あなたがたにとっては救いのしるしです。それは神によることです。あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。かつて私について見て、今また私について聞いているのと同じく苦闘を、あなたがたは経験しているのです。

毎週の礼拝で、旧約聖書、詩篇、新約聖書から朗読しているが、イースターからペンテコステまでの期間は、旧約聖書を読むかわりに使徒の働き(使徒行伝)を読んでいる。私たちは2週間後にペンテコステを迎える。

今日はピリピ人への手紙から説教をするが、使徒の働き(使徒行伝)との関係を少し思い出していただきたい。

使徒の働き1〜12章はペテロが中心、13章から28章まではパウロを中心にして書かれている。



ペテロのストーリー(使徒の働き1~12章)

最初のペンテコステはエルサレムである(使徒の働き2章)。

最初のペンテコステの時に、まず御霊が与えられ、ペテロが説教をして、たくさんの人がバプテスマを受けた。

第二のペンテコステはサマリアである(使徒の働き8章)。ピリポがサマリアに下って行ってキリストを宣べ伝えたので、人々はバプテスマを受けたが、まだ御霊は与えられていなかった。そこでペテロとヨハネがサマリヤに遣わされて、彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。

第三のペンテコステはカイサリアである(使徒の働き10章)。ペテロは夢の中で、あらゆる四つ足の動物と地を這うものと空の鳥が天から降りて来るのを見て、それらを屠って食べなさいという主の声を聞いた。ペテロが「主よ、そんなことはできません。私はまだ一度も、きよくない物やけがれた物を食べたことがありません。(使徒の働き10:14)」と答えると、「神がきよめた物を、あなたがきよくないと言ってはならない。(使徒の働き10:15)」と教えらえた。ちょうどそこに神を信じる異邦人である、ローマの百人隊長コルネリウスから迎えが来たので、ペテロがカイサリアに行って福音を伝えているときに、みことばを聞いていたすべての人に御霊が下った。

ペテロは、ユダヤ人にもサマリヤ人にも異邦人にも御霊が与えられるように道を開いた。3回もペンテコステをやったような感じである。

使徒の働き12章では、ペテロはヘロデに逮捕されて殺されそうになったが、御使いがペテロを牢から解放した。それでペテロがヨハネの母マリアの家に行ったのだが、そこに集まって祈っていた人々は門で応対に出た召使いの女性が「ペテロが来た」と告げても信じなかった。ペテロの姿を見て、やっと信じて、どのようにして主が救い出してくださったかをみんなに話してから、ペテロは他の場所へ行った。

この話はイエス様がよみがえったときと似ている。イエス様がよみがえったとき、まず女性たちに姿を現した。しかし弟子たちは信じなかった。それでイエス様は40日間弟子たちと過ごして、一緒に食べて飲んで教えてくださったので、弟子たちはイエス様の復活を非常に深く理解することができた。弟子たちはその後その信仰のために働いて、最終的にみんな殺された。このように使徒の働き12章はイエス様の復活を思い出させてくれるストーリーである。



パウロのストーリー(使徒の働き13~28章)

使徒の働き13章から28章まではパウロが中心のストーリーである。

ペテロのストーリーには3回ペンテコステがあったが、パウロは3回伝道の旅をする。

1回目はアンティオキアからガラテヤに行き、ガラテヤの教会を作った旅。2回目はアンティオキアからマケドニアへ行き、コリントの町を中心にした旅。3回目はアンティオキアからエペソへ行き、エペソの町に長く滞在した旅。パウロの宣教の旅は10年以上に及んだ。

2回目のコリントを中心とする旅はピリピから始まった。ピリピはマケドニアの中心的な町なので、パウロはまずこの町に行って福音を伝えて、ピリピの教会を設立した。パウロがこのピリピ人への手紙を書く10年前のことである。つまりパウロは10年間ピリピの教会と手紙を書いたり物を送られたりして福音の交わりを続けていたことになる。

パウロが3回の旅を終えて異邦人から集めた献金をエルサレムの教会に届けたときに、暴動が起きてパウロは逮捕されてしまう。そしてカイサリアに送られてそこで2年間監禁されてフェリクス総督に取り調べを受けたが、パウロがカエサルに上訴したのでローマに連れていかれて、そこで2年間軟禁された(AD60~62年)。エペソ人への手紙、コロサイ人への手紙、ピレモンへの手紙、ピリピ人への手紙はパウロがローマで軟禁されているときに書いた手紙である。この順番は実際に手紙を送った順番である。エペソ、コロサイ、ピレモンの手紙はローマでの軟禁状態の初めの頃に書かれた手紙だと思う。自分の裁判について何も書いていないからだ。



●生きることはキリスト

たとえ私が、あなたがたの信仰の礼拝といういけにえに添えられる、注ぎのささげ物となっても、私は喜びます。(ピリピ2:17)

パウロは自分が死刑になるかもしれないと深く感じている。ローマの2年間の軟禁状態の終わりに近い頃にこの手紙を書いた。裁判は近い。

主にある人が死ぬと、その人のたましいはイエス様のところに行く。その人は生きていて、イエス様と交わりをもつことができる。私たちより先に召された人たちにも会って交わりをもつことができる。

【ピリピ1:23b】私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。

パウロはこのことをピリピの教会に説明したが、パウロ自身は牢から出て、ピリピの教会を訪ねて交わりをもつことを望んでいる。生きることはキリストなのである。

【ピリピ1:24~26】しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためにはもっと必要です。このことを確信しているので、あなたがたの信仰の前進と学びのために、私が生きながらえて、あなたがたすべてとともにいるようになることを知っています。そうなれば、私は再びあなたがたのもとに行けるので、私に関するあなたがたの誇りは、キリスト・イエスにあって増し加わるでしょう。

【ピリピ2:24】また、私自身も近いうちに行けると、主にあって確信しています。



生きることはキリストであることについて、使徒の働き(使徒行伝)の中で見ることができる。

パウロはユダヤ人でパリサイ人で教会に反対していたので、教会を迫害していた(パウロが30歳の頃)。

ところがパウロがダマスコに行く途中で復活したイエス様が現れた。それでイエス様を最も憎み、反対していたパウロは、回心してイエス様を愛する人になった。

使徒の働きの中にたくさん書かれているが、パウロは繰り返し迫害されて、暴動を起こされ、牢に入れられた。パウロが回心してから15年から17年ほどの間の働きである。

パウロがローマで軟禁状態だったときも、ルカやテモテたちが一緒にいて、その人たちに教えたり交わりをもったりしていた。

ローマ兵と24時間鎖でつながれて、4時間ごとに兵士が交替するので、パウロはその人たちにも福音を伝えた。

【ピリピ4:22】すべての聖徒たち、特にカエサルの家に属する人たちが、よろしくと言っています。

ローマの兵士たちもそこで働く人たちも福音を聞いて、多くの人が救われた。パウロが生きることはキリストである。牢に入れられても迫害されても次から次に旅をして福音を伝えている。



今日の朗読は使徒の働き17章だった。

【使徒の働き17:22〜31】パウロは、アレオパゴスの中央に立って言った。「アテネの人たち。あなたがたは、あらゆる点で宗教心にあつい方々だと、私は見ております。道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られていない神に』と刻まれた祭壇があるのを見つけたからです。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを教えましょう。

この世界とその中にあるすべてのものをお造りになった神は、天地の主ですから、手で造られた宮にお住みにはなりません。

また、何かが足りないかのように、人の手によって仕えられる必要もありません。神ご自身がすべての人に、いのちと息と万物を与えておられるのですから。

神は、一人の人からあらゆる民を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、住まいの境をお定めになりました。それは、神を求めさせるためです。もし人が手探りで求めることがあれば、神を見出すこともあるでしょう。確かに、神は私たち一人ひとりから遠く離れてはおられません。

『私たちは神の中に生き、動き、存在している』のです。あなたがたのうちのある詩人たちも、『私たちもまた、その子孫である』と言ったとおりです。そのように私たちは神の子孫ですから、神である方を金や銀や石、人間の技術や考えで造ったものと同じであると、考えるべきではありません。

神はそのような無知の時代を見過ごしておられましたが、今はどこででも、すべての人に悔い改めを命じておられます。

なぜなら、神は日を定めて、お立てになった一人の方により、義をもってこの世界をさばこうとしておられるからです。神はこの方を死者の中からよみがえらせて、その確証をすべての人にお与えになったのです。」

これはアテネでの出来事である。アテネではパウロの福音に答える人は少なかったようだ。アテネの教会について何も出て来ない。パウロはピリピの町から追い出されて、テサロニケに行ってそこから追い出されて、ベリアに行ってそこから追い出された。しかし追い出された町で教会を設立することができた。しかしアテネで教会を設立することはできなかった。アテネの次はコリントに行って、そこに2年ほど滞在した。

パウロは、どこにいてもどんなに迫害されても、続けて福音を伝えていた。まさに生きることはキリストである。

その記録は使徒の働きやパウロの手紙の中で見ることができる。



そうなれば、私は再びあなたがたのもとに行けるので、私に関するあなたがたの誇りは、キリスト・イエスにあって増し加わるでしょう。(ピリピ1:26)

パウロはピリピの教会に「私に関するあなたがたの誇り」と言うが、「誇り」は喜びとも訳すことができることばである。深い喜び、飛び上がるような喜びなので「誇り」と翻訳しているのではないかと思う。ピリピの教会はパウロの働きを喜んでいるし、パウロと一緒に福音を伝えることを喜んでいる教会である。パウロが逮捕されたことは福音の前進に役立ったと言っている(ピリピ1:12)。それでピリピの教会は励まされる。同じように福音を伝える心を持っているから。だから繰り返しパウロに贈り物をしたり、パウロの働きのために祈ったりして、パウロと同じ心をもって福音のために働いていた。

パウロは、ピリピの教会がもっと喜びに満たされるために訪ねて行く予定である。



ただ、キリストの福音にふさわしく生活しなさい。そうすれば、私が行ってあなたがたに会うにしても、離れているにしても、あなたがたについて、こう聞くことができるでしょう。あなたがたは霊を一つにして堅く立ち、福音の信仰のために心を一つにしてともに戦っていて、(ピリピ1:27)

ただキリストの福音にふさわしく生活しなさい。パウロ自身は福音のためにふさわしく歩んできた。牢に入れられても福音を伝えていた。福音にふさわしく歩むとは、この教会が福音を第一にすることである。ピリピの教会も反対を受けているし、教会の中の苦しみもある。

パウロが苦しみの中で喜んで福音を伝える生き方をしたように、ピリピの教会に喜んで福音にふさわしい生き方をしなさいと言う。生きることはキリスト、死ぬことも益とは、福音を第一にするパウロの生活を表している。だからピリピの教会も機会を求めて熱心に福音を伝えなければならないことをこの手紙から感じるのである。



福音にふさわしい生き方を考える時、みことばに従って正しく歩むことも含まれるが、パウロが言っているのは特に福音を熱心に伝える者になりなさいという意味だと思う。パウロの戦いのことを話すとき、それがどんなに福音を伝える機会になっているかを話して、同じようにピリピの教会も福音を伝える機会を求めるように話す。

日本はクリスチャンが1%もいない。イスラム教国の方が日本よりクリスチャンの割合は多い。イランもイラクもアフガニスタンも日本よりクリスチャンの割合が多い。全世界の33%はクリスチャン。この日本という国は本当に福音を必要としている。そして私たちは熱心に福音を伝えるように神様に教えられている。

一人のクリスチャンがたくさんの人に福音を伝えるのは限界がある。1回話して終わりではないからだ。私たちが一人一人この日本に置かれている理由の一つは、伝道して福音にふさわしい歩み方をするためである。正しく生きるなら私たちから福音の影響が流れる。話す機会も与えられる。

ピリピの教会は、福音を第一にして福音に生きるように励まされている。

「福音にふさわしく生活しなさい」というギリシャ語は特別で翻訳しにくいことばであるが、御国的なふさわしい生き方をしなさい、というニュアンスがあると考えることができる。英語のpoliticsと関係がある。ピリピの町の人々はローマ帝国の国籍を持っている。これは普通のことではない。特別な祝福である。そしてこの人たちがローマ帝国の国籍を持つ意味は、いつかローマに戻るということではなく、自分たちがいるところでローマの文化を作るということである。それがローマの国籍を持つ意味である。ピリピの人はそれを誇りに思っている。

パウロもローマの国籍を持っている。パウロはローマでも福音を伝えて、ユダヤ人にも福音を伝えて、ギリシャ人にも福音を伝える。

【ピリピ3:20】私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、私たちは待ち望んでいます。

パウロのこの世の国籍はローマであるが、自分たちの国籍は天にあって、天の文化を私たちが置かれたところで作らなければならない。それが福音にふさわしく生活をすることである。御国の雰囲気、御国の文化、神の御国を表す生活をしなさいとパウロは話している。つまり福音とは御国の福音なのである。イエス様は復活して神の右の座にすわった。イエス様は王であり、主であり、キリストであることを毎週覚えて、日曜日に礼拝をささげる。王なる主イエス・キリストを表す福音の正しい生き方、熱心に福音を伝える生き方ができるように、私たちは聖餐式を与えられている。

聖餐式によって、私たちがキリストに従う者として成長を求める。




閲覧数:1回

最新記事

すべて表示

「パウロとテモテの模範」ピリピ2:19〜24

説教者:ラルフ・スミス牧師 「パウロとテモテの模範」 ピリピ2:19〜24 私は早くテモテをあなたがたのところに送りたいと、主イエスにあって望んでいます。あなたがたのことを知って、励ましを受けるためです。テモテのように私と同じ心になって、真実にあなたがたのことを心配している者は、だれもいません。みな自分自身のことを求めていて、イエス・キリストのことを求めてはいません。しかし、テモテが適任であること

「罪の告白」四旬節第一主日

説教者:ベンゼデク・スミス牧師 「罪の告白」 先週の水曜日は灰の水曜日でした。この日から四旬節が始まります。 私たちの会堂で聖オーガスティン教会が灰の水曜日の礼拝を行い、司祭が礼拝者の額に灰で十字架を書いて「あなたは灰であり、灰に戻ることを覚えていなさい」と宣言しました。自分が偉大なる神の前でどれだけ小さい者なのか、弱い者なのかを覚えるために、そして自分の罪と自分が死ぬことを覚えるために行われます

コメント


bottom of page