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「知恵をもって知恵を求める」伝道者の書

  • 1月25日
  • 読了時間: 9分

説教者:ラルフ・スミス牧師


伝道者の書の主題は前回話したが、1章の最初にある。

【伝道者の書1:2~3】空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。

日の下でどんなに労苦しても、それが人に何の益になるだろうか。

そしてソロモンは知恵を求める。単に頭の中にあるものだけではなく、体験的な知恵を求める。知恵のある者は、知恵をもって知恵を求める。知恵のある者は知恵において成長することを求めずにはいられない。

 福音書の中に12歳のイエス様の話がある。12歳のイエス様は神殿で教師たちと話をして、周囲の人々はイエス様の知恵に驚いている。

【ルカ2:52】イエスは神と人とにいつくしまれ、知恵が増し加わり、背たけも伸びていった。

聖書はイエス様は続けて知恵において成長した。12歳でも教師たちと論じ合えるほど深い知恵を持っておられたのに、知恵においてさらに成長し続けた。最終的に主イエス・キリストご自身こそが知恵であり真理なのである。

逆に愚かな者は真理を憎む。パリサイ人やイスラエルの指導者たちはイエス様を憎み、十字架にかけて殺した。これが愚か者の最も深い現れと言える。愚か者は真理に近づけば近づくほどその光に耐えられない。


このソロモンの知恵の書の結論はすでに出ている。

【伝道者の書12:13】結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。

これから11回にわたり、イエス様の雛形であるソロモンが知恵を求めて、その知恵が与えられて祝福されていくところを見て行くことにする。


今日はソロモン自身について考えたいと思う。

伝道者の書において、「私」という言葉が29回出てくる。日本語や英語とちがい、ヘブル語は主語を言わなくても動詞でわかる。だからわざわざ使う必要はないのに、それでも「私」ということばを使うのは、強調を入れるためである。ヨブ記もヨブの経験についてたくさん書いてあって、自伝的な書物でもあるが、ヨブ記でも「私」ということばは29回出てくる。短い伝道者の書と同じである。そこまで伝道者の書がソロモン自身の体験に基づいた自伝的な証しの書物であることを示している。


ソロモンには三つの名前がある。

・ソロモン(平和)

・エディデヤ(ヤハウェに愛される者)

・コヘレト(礼拝のために人々を召集する者)

 ソロモンは第七の新月の祭りの時にイスラエルの王として人々を集めて礼拝する(第一列王記8章)。ソロモンは人々を神様への礼拝へと呼びかけ、礼拝を行う。イスラエルの王はダビデのように神を恐れて礼拝する心を持つべきである。ソロモンはそのような心を持っていたので、自分の名前の一つをコヘレトにした。


第一列王記1章から10章には、ソロモン知恵と祝福について書いてある。特に神様がダビデに与えられた約束を忠実に守ってくださったことを証ししていると思う。そしてダビデとソロモンを通してイスラエルを祝福してくださった。さらに私たちが気づかないかもしれないが、イスラエルを通して異邦人に祝福を与えてくださったことも書かれている。シェバの女王の話はそれを表している。神様はダビデの契約(つまりアブラハム契約)を守ってくださり、イスラエルを祝福してくださって、イスラエルを通して異邦人にも祝福を与えてくださった。


しかし、第一列王記の始まりは雰囲気的に、祝福や契約を守る話ではなかった。ダビデが年老いて死にそうになった時に、家来たちがアビシャグという若い女性をダビデに仕えさせて世話をさせた話から始まり、続いて息子のアドニヤがヨアブや祭司エブヤタルに相談して勝手に人々を集め、自分が次の王になると宣言したのである。アモンやアブサロムはもう死んでいて、アドニヤはダビデの生き残っている息子たちの中で一番年上であった。昔の考え方では一番年長のアドニヤが次の王になるのだが、ソロモンが次の王になることをすでに宣言されていたので、アドニヤのしたことは神様の御心に逆らって王座を奪おうとする無法な行為であった。そのような話から第一列王記が始まる。

それを知ったバテ・シェバとナタンがダビデに知らせたので、アドニヤが王になったことを祝うパーティの最中に、ダビデはすぐにソロモンをロバに乗せ、正式な王として公然と油を注いで即位させた。


王となったソロモンに対し、ダビデはいくつかの難しい仕事を託した。

その難しい仕事の一つは、ダビデの時代に不当に人を殺めたヨアブをさばくことであった。ヨアブは殺してはいけない良いイスラエル人を二人を殺したからである。ダビデ自身がさばかなかった理由は聖書には書かれていないが、ダビデはヨアブを通してウリアを殺させたので自分も同じ罪を負っているためにヨアブを扱えなかったのではないかと思う。

難しい仕事のもう一つは、かつてダビデを呪ったシムイをさばくことである。シムイについて、ダビデはソロモンに次のように頼んだ。

【第一列王記2:9】あなたは知恵の人だから、どうすれば彼の白髪頭を血に染めてよみに下らせられるかが分かるだろう。

面白いことに、これはソロモンがギブオンで知恵を求める祈りをささげる前の出来事であり、彼がすでに知恵のある者としてダビデに認められていたことを示している。

その後、ソロモンが王になった時に、アドニヤが命乞いをしたので、ソロモンは次のように答えてアドニヤを家に帰らせた。

【第一列王記1:52】彼が立派な人物であれば、その髪の毛一本も地に落ちることはない。しかし、彼のうちに悪が見つかれば、彼は死ななければならない。

しかしアドニヤはこの後で二回目の謀反を企てた。ダビデに妻のように仕えていたアビシャグを自分の妻にしようとしたことである。ソロモンは、それは王国を求めることと同じだ、と答えた。つまり前の王の妻と結婚するということは、次の王になるかのような習慣だったのである。それでアドニヤは死刑にされた。ヨアブも死刑にされた。

しかし、ダビデがアブサロムから逃げていた時に助けてくれたバルジライの子たちは祝福しなさいと言われていたので、ソロモンはそのことも行った。これらのストーリーは第一列王記1~2章にある。

【第一列王記2:46】こうして、王国はソロモンによって確立した。

ソロモンが知恵の祈りをささげる前に彼の知恵によって悪者をさばき、平和な王国を確立させた。ソロモンは知恵のよって国を治めることができた。


第一列王記3章で、ソロモンはギブオンへ行き、神に礼拝をささげて、千匹の全焼のささげ物を献げた。

その夜のこと、ヤハウェがソロモンの夢の中に現れてこのように言った。

【第一列王記3:5】ギブオンで主は夜の夢のうちにソロモンに現れた。神は仰られた。「あなたに何を与えようか。願え。」

それに対してソロモンはこのように答えた。

【第一列王記3:9】善悪を判断してあなたの民をさばくために、聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、この大勢のあなたの民をさばくことができるでしょうか。

第一列王記1~2章で見てきたように、ソロモンは知恵のある者としてすでにダビデに認められていた。そのように知恵のあるソロモンなので、神様に何でも願えと言われた時に、心から知恵そのものを求めたのである。これが知恵のある者の姿である。その祈りは神様のみこころにかない、その祈りを喜んでくださったので、知恵以外のものもソロモンに与えてくださった。

【第一列王記3:11】あなたがこのことを願い、自分のために長寿を願わず、自分のために富を願わず、あなたの敵のいのちさえ願わず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を願ったので、見よ、わたしはあなたが言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに、知恵と判断の心を与える。あなたより前に、あなたのような者はなく、あなたの後に、あなたのような者は起こらない。そのうえ、あなたが願わなかったもの、富と誉れもあなたに与える。あなたが生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者は一人もいない。また、あなたの父ダビデが歩んだように、あなたもわたしの掟と命令を守ってわたしの道に歩むなら、あなたの日々を長くしよう。」

神様がソロモンの祈りに答えて与えてくださった知恵が本物であることを示す有名なエピソードが、二人の遊女の訴えをさばく話である。この話は知恵の話で律法の話ではない。王には知恵が必要である。祭司には知恵はいらない。言い過ぎかもしれないが、祭司の働きはルールに従って動くだけなのである。ルールははっきり書かれていて、それに従えば良い。しかし王はもっと広い意味で知恵が必要である。だれも予想できなかったソロモンの鮮やかなさばきを見て、イスラエルの人々は、王のうちに神の知恵がある、と恐れ、敬った。

【第一列王記3:28】全イスラエルは、王が下したさばきを聞いて、王を恐れた。神の知恵が彼のうちにあって、さばきをするのを見たからである。


第一列王記4章からは、ソロモンの統治下でイスラエルが祝福され、その名声が諸国に広がったことが書かれている。これもアブラハム契約の祝福である。アブラハムを通して地上のすべての民族が祝福されるという約束の成就である。


第一列王記5章から8章まではソロモンの一番大きな大切な働きである神殿の建設が始まる。ソロモンはツロの王ヒラムの助けを借りて、素晴らしい神殿を建てた。これもアブラハム契約の成就である。ヒラムのような異邦人もまた神殿建設に加わり、神様の祝福にあずかっていることを教えている。


第一列王記9章で、ソロモンが神殿を完成させた時、ヤハウェが再び現れてくださった。ここまでずっとソロモンへの約束が成就されたストーリーが続き、最後にその祝福の話をもう一度与えてくださった。ソロモンはあちこちに町を建て、建設のプロジェクトを実行して、神様の知恵を表した。神様は続けてソロモンに契約の恵みを与えてくださった。


第一列王記10章は、シェバの女王がソロモンの知恵を試そうと、難しい質問を携えてやって来た。ソロモンは彼女の質問にすべて答えた。そしてソロモンの知恵だけでなく、宮殿の食事やテーブルセッティング、仕える者たちの様子に至るまで、その細部にわたる知恵に圧倒された。これは単なる面白い物語ではなく、申命記に書いてある契約の祝福が成就されて、それが具体的に実現されたことを示すストーリーなのである。

ソロモンは神殿を建てて神の栄光を求めた。

今日は詩篇27篇を朗読したが、ソロモンは神殿を建てたいと願ったダビデと同じ心を持ち、神様の御前で礼拝をささげること以上に大きな祝福はない、という知恵の心をもっていた。

第一列王記1~10章までで、知恵を求めるソロモンを私たちに具体的に見せてくれている。

この伝道者の書を通じて、イエス・キリストの雛形であるソロモンが知恵をもって知恵を求める姿を見せてくれている。ソロモンは旧約聖書の偉大な王の一人である。

私たちは真の知恵そのものである主イエス・キリストを信じる知恵を神様から与えられた。神様が私たちに信仰を与えてくださった。

【ヨハネ15:16】 あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました。

イエス様が私たちを求めてくださり、私たちを導いてくださり、私たちにイエス様を信じる信仰を与えてくださった。それが知恵の初めである。

知恵を求めることはイエス様ご自身を求めることである。知恵を与えられた者は、続けてイエス様ご自身を求める者として成長する。ソロモンの伝道者の書はイエス様においての知恵を求めることが目的である。

毎週の礼拝、特に聖餐式において、私たちはイエス様ご自身を求める者として招かれている。



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