「放蕩息子のたとえ話」ルカ15:11~32
- 2025年9月21日
- 読了時間: 12分
説教者:ラルフ・スミス牧師
ルカ15:11~32
イエスはまた、こう話された。「ある人に二人の息子がいた。
弟のほうが父に、『お父さん、財産のうち私がいただく分を下さい』と言った。それで、父は財産を二人に分けてやった。
それから何日もしないうちに、弟息子は、すべてのものをまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して、財産を湯水のように使ってしまった。
何もかも使い果たした後、その地方全体に激しい飢饉が起こり、彼は食べることにも困り始めた。
それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑に送って、豚の世話をさせた。
彼は、豚が食べているいなご豆で腹を満たしたいほどだったが、だれも彼に与えてはくれなかった。
しかし、彼は我に返って言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が、なんと大勢いることか。それなのに、私はここで飢え死にしようとしている。
立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。
もう、息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。」』
こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとへ向かった。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。
息子は父に言った。『お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。もう、息子と呼ばれる資格はありません。』
ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い衣を持って来て、この子に着せなさい。手に指輪をはめ、足に履き物をはかせなさい。
そして肥えた子牛を引いて来て屠りなさい。食べて祝おう。
この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』こうして彼らは祝宴を始めた。
ところで、兄息子は畑にいたが、帰って来て家に近づくと、音楽や踊りの音が聞こえてきた。
それで、しもべの一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。
しもべは彼に言った。『あなたのご兄弟がお帰りになりました。無事な姿でお迎えしたので、お父様が、肥えた子牛を屠られたのです。』
すると兄は怒って、家に入ろうともしなかった。それで、父が出て来て彼をなだめた。
しかし、兄は父に答えた。『ご覧ください。長年の間、私はお父さんにお仕えし、あなたの戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しむようにと、子やぎ一匹下さったこともありません。
それなのに、遊女と一緒にお父さんの財産を食いつぶした息子が帰って来ると、そんな息子のために肥えた子牛を屠られるとは。』
父は彼に言った。『子よ、おまえはいつも私と一緒にいる。私のものは全部おまえのものだ。
だが、おまえの弟は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのは当然ではないか。』」
先週はルカの福音書15章を読んで、失われた羊、そして失われた銀貨の箇所を学んだ。今日は放蕩息子について一緒に学ぼうと思う。
【ルカ15:3】そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。
この「たとえを話」は、日本語でははっきりしないが、ギリシャ語では単数形になっている。私たちは三つのたとえ話として見ているかもしれないが、イエス様は一つのたとえ話として話されている。一つのたとえ話に三つの部分があるということだ。羊について、銀貨について、そして放蕩息子についてという三つの部分は、一つのたとえ話しである。
その中で放蕩息子のたとえ話が一番有名である。
シェイクスピアの時代に、放蕩息子の話は非常に有名であった。絵になったり、音楽になったりして、シェイクスピアの時代に一番人気があるストーリーだった。
以前、私たちはシェイクスピアの劇を通して放蕩息子について考えたことがある。その劇とは「リア王」である。シェイクスピアは『リア王』で放蕩息子のストーリーを逆さまにして、リア王と、リア王の忠臣グロスター伯爵の二人を放蕩父親として描いた。この二人のストーリーは並行している。
グロスター伯爵には二人の息子がいて、一人は非常に悪い息子で、もう一人は非常に良い息子であった。
リア王には三人の娘がいて、一人は非常に良い娘で、他の二人は悪魔のような娘たちだった。
リア王は、王位を退くにあたって、三人のうちで自分を一番愛してくれる孝行な娘に領地を与えると約束する。長女と次女は美辞麗句で父親を称えたので、リア王は長女と次女に自分の領地を与え、率直な物言いで愛を表した三女を怒りのあまり追放してしまう。勘当された三女はフランス王と結婚して宮殿を去る。
グロスター伯爵も父親の地位と財産を狙う悪い息子にだまされて、良い息子を追放してしまう。
リア王は、信じて頼った長女と次女に裏切られ、流浪の身となる。
グロスター伯爵も悪い息子にだまされて良い息子に殺意を抱き、悪い息子の策略にはまって結局追放されて全てを失う。
リア王もグロスター伯爵も苦しんでどうしようもない状態になった時に、リア王の三女はリア王を探し出して助けた。
グロスター伯爵の良い息子もグロスター伯爵を探し出して助けた。
悲劇なので結局リア王もグロスター伯爵も死んでしまうし、リア王の三女も死んでしまう。大変な悲劇なのだが、シェイクスピアは良い娘と良い息子が父を憐れんで助けるというストーリーを聖書の放蕩息子のストーリーから借りている。
リア王の三女はリア王を見つけた時に、放蕩息子のストーリーから引用している。
シェイクスピアは、放蕩息子のストーリーを考えて、瞑想して、「リア王」を書いた。
放蕩息子のストーリーはみんなよく知っている話である。
ある父親に二人の息子がいた。そして兄の方が良い息子に見えるところからストーリーが始まる。弟は父親に自分が受ける財産をくれるように頼み、弟はそれを持って遠い国、つまり異邦人の国に旅立った。弟はそこで放蕩して何もかも使い果たしてしまった。それで人に雇ってもらって豚の世話をして暮らしていた。豚の世話をするのはユダヤ人にとって大変な試練である。その場所に飢饉があったので、食べ物もなくなり、豚が食べているいなご豆で腹を満たしたいと思うほど飢えてしまった。このようにとんでもなく貧しい状態になった弟は、我に帰って次のように考えた。
【ルカ15:17~19】しかし、彼は我に返って言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が、なんと大勢いることか。それなのに、私はここで飢え死にしようとしている。立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。もう、息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。」』
弟は、自分の家に戻って、父親のために働かせてもらおう、父親のしもべになろう、と考えた。彼は、息子と呼ばれるのにふさわしくないと父に言うつもりだった。ところが、家まではまだ遠かったのに、父は遠くから弟を見つけ、憐れんで、駆け寄って彼を抱いて口づけした。当時の大人の男性は、人前で走ることは決してしなかったのに、父親は弟のところに走って行って受け入れた。弟は「私は罪を犯して、あなたの息子と呼ばれるのにふさわしくありません。しもべの一人にしてください。」と言うつもりだったが、彼がそれを言い終わらないうちに父親は彼を赦し、一番良い服を着せて、手に指輪をはめさせて、靴を履かせた。父は放蕩息子を自分の息子として受け入れてくれた。
そして弟が戻ってきたことを喜んで宴会を始めた。
一方で、畑にいた兄が音楽や踊りの音を聞いて、しもべから弟が戻ってきたことを知らされた。すると兄は怒ってしまって家に入ろうとしなかった。それで父親が兄のところに行って彼をなだめて言った。
【ルカ15:31~32】父は彼に言った。『子よ、おまえはいつも私と一緒にいる。私のものは全部おまえのものだ。だが、おまえの弟は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのは当然ではないか。』
イエス様はこのストーリーを特にパリサイ人たちに話している。罪人が悔い改める時に、天に喜びがあることを先週聞いた。
イエス様は旧約聖書のストーリーを借りて、それをちょっと違う感じで話している。イエス様が何を借りているのかと言うと、申命記の30章である。
【申命記30:1~3】私があなたの前に置いた祝福とのろい、これらすべてのことがあなたに臨み、あなたの神、主があなたをそこへ追い散らしたすべての国々の中で、あなたが我に返り、あなたの神、主に立ち返り、私が今日あなたに命じるとおりに、あなたも、あなたの子どもたちも、心を尽くし、いのちを尽くし、御声に聞き従うなら、あなたの神、主はあなたを元どおりにし、あなたをあわれみ、あなたの神、主があなたを散らした先の、あらゆる民の中から、再びあなたを集められる。
申命記28章に祝福と呪いについて書いてある。28:1~14に祝福が書いてあり、28:15~68までずっと長く呪いのところが書いてある。このすべての祝福と呪いが、あなたたちに与えられる。その後で、カナンから追い出されて、遠いところに散らされた後で、父親が放蕩息子を憐れんだように、神様がイスラエルを憐れんで、散らされたすべてのところからもう一度約束の地に連れて帰るということを申命記30章で神様はイスラエルに話している。これからのあなたたちの歴史はこうなります、とイスラエルに話している。
実際にみんな知っているように、北イスラエルがアッシリア帝国に捕囚されて、南ユダがバビロン帝国に捕囚されて奴隷にされた。その苦しんでいる時に、神様はユダを憐れんで、そしてキュロスというペルシャ帝国の王様を送ってバビロン帝国を倒させた。紀元前539年にキュロスがバビロン帝国を倒して、ユダの人たちがユダに戻ることができるように助けてくれた。イザヤ書の中で、イザヤはキュロスをメシアと呼ぶ。
【イザヤ45:1】主は、油注がれた者(メシア)キュロスについてこう言われる。「わたしは彼の右の手を握り、彼の前に諸国を下らせ、王たちの腰の帯を解き、彼の前に扉を開いて、その門を閉じさせないようにする。
キュロスはユダがカナンの地に戻ることができるように準備して、送り出して、ユダは無事にカナンの地に戻った。そして神殿を建て直して、紀元前586年に破壊された神殿は、516年に七十年ぶりに建て直されて、イスラエルに神の住まいがもう一度与えられて、神様を礼拝することができる場所がイスラエルに戻った。この歴史は南ユダがバビロン帝国に捕囚される前にモーセが書いている。モーセはイスラエルにこれからの歴史を教え、そして実際にそうなってカナンに戻ることができた。
イエス様の時代は、イスラエルがカナンに戻ってからもう何百年も経っている。そしてこの時代のイスラエルは神様から心が離れている状態になっている。だからバプテスマのヨハネは、祭司の息子であるにもかかわらず、神殿で働かずに、ヨルダン川に来て悔い改めるようにイスラエルに呼びかけていた。イスラエルの歴史の中でヨルダン川でバプテスマを行うことはなかったが、イスラエルはゼロから新しいスタートをしなければならなかったのである。
かつてエジプトを脱出したイスラエルはヨルダン川を渡ってカナンの地に入ったので、ヨルダン川で悔い改めてバプテスマを受けるというのは、イスラエルが全く新しいスタートをしなければならないということであった。神殿は役に立たない。もう神様から離れている。それでバプテスマのヨハネは「神の御国が近づいたから悔い改めてバプテスマを受けなさい」と呼びかけた。イエス様は「神の御国が来たから悔い改めてバプテスマを受けなさい」と呼びかけた。だがほとんどのイスラエルは悔い改めなかった。パリサイ人たち、祭司たち、律法学者たちは悔い改めない。
しかし、ルカ15章の最初のところで、取税人と罪人たちは悔い改めてイエス様の所に来た。もともと聖書に何章何節という区切りは何もないので、14章の最後で「聞く耳のある人は聞きなさい(14:35)」と言って終わり、15章の最初で取税人と罪人たちがイエス様の話を聞きに行くところから始まっている。取税人と罪人たちには聞く耳がある。それでイエス様は彼らを受け入れ、そして宴会を行って、神様に感謝をささげて一緒に食べている。
放蕩息子のストーリーの最後の方では兄の話になるが、この兄はパリサイ人たちのように、自分の兄弟であるイスラエル人、すなわち罪人や取税人たちの悔い改めを喜ぶことはしないし、むしろイエス様を批判する。イエス様は兄のストーリーでたとえ話を終わらせるときに、パリサイ人たちと祭司たちに「あなたがたも一緒に喜びましょう。喜ぶべきでしょう。」と言って招いている。つまりパリサイ人たちを拒絶しているのではなくて、パリサイ人たちも一緒に宴会に来るように招いているのである。イエス様がパリサイ人たちに悔い改めるように語りかけてくださっている。
福音書の中では、パリサイ人たちが悔い改めてイエス様のところに戻るストーリーは基本的にないが、使徒の働きの中では、イエス様が復活した後で、パリサイ人たちの中で、主イエス・キリストを信じる人たちがたくさんいたという話がある。イエス様はパリサイ人たちに対しても憐れみを注がれたのである。イエス様はイスラエルに救いを与えるためにこの世に来てくださって、そして十字架上で死んでくださってよみがえった。十字架でイエス様はパリサイ人たちのためにも死んでくださった。
私たちは毎週の日曜日に神様の家に来て、そして宴会をする。その宴会は主イエス・キリストご自身を表しているパンと杯である。これは感謝の宴会で、その宴会は私たちの礼拝の中心的なものである。その宴会をいただく時に、私たちは感謝して、神様のみ恵みを覚える。私たちがここに集まっているということは、神様ご自身が私たちを求めて、私たちを導いてくださって、私たちがここに来るように招いて下さったということである。救いはまず神様の働きと神様の憐れみから始まるので、私たちはこのように集まって宴会をすることができる。
シェイクスピアの時代に放蕩息子のストーリーは人気があったが、イエス様ご自身は申命記のストーリーを借りていた。そしてイスラエルのストーリーを放蕩息子の話を通して話している。イスラエル全体は放蕩して、神様から離れて、そしてさばきを与えられたが、神様はさばきを受けたイスラエルを招いて、もう一度神様のところに戻るようにと言ってくださる。そして実際に、十字架上でイスラエルのために死んでくださって、よみがったイエス様は、御霊を教会に与えて、教会はイスラエルに福音を伝える。ローマ書にあるように、パウロはまずイスラエルに行って福音を伝えて、それから異邦人に伝えて行った。パウロはすべての町でそのようなパターンだった。イスラエルが戻るように神様は憐れんで呼びかけて招く。私たちも神様が積極的に招いて、私たちを憐れんで、助けてくださった。それで私たちは感謝の宴会をして、神様に自分をささげて、神様の御国のために生きる誓いをあらたにする。
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