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「復活と永遠のいのちの希望」ルカの福音書20:27~38
説教者:ベンゼデク・スミス牧師 ルカの福音書20:27~38 復活があることを否定しているサドカイ人たちが何人か、イエスのところに来て質問した。 「先生、モーセは私たちのためにこう書いています。『もし、ある人の兄が妻を迎えて死に、子がいなかった場合、その弟が兄嫁を妻にして、兄のために子孫を起こさなければならない。』 ところで、七人の兄弟がいました。長男が妻を迎え、子がないままで死にました。次男も、三男もその兄嫁を妻とし、七人とも同じように、子を残さずに死にました。最後に、その妻も死にました。では復活の際、彼女は彼らのうちのだれの妻になるのでしょうか。七人とも彼女を妻にしたのですが。」 イエスは彼らに言われた。「この世の子らは、めとったり嫁いだりするが、 次の世に入るのにふさわしく、死んだ者の中から復活するのにふさわしいと認められた人たちは、めとることも嫁ぐこともありません。彼らが死ぬことは、もうあり得ないからです。彼らは御使いのようであり、復活の子として神の子なのです。モーセも柴の箇所で、主を『アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神』と呼んで、死
2025年11月16日


「弟子たちの足を洗うイエス様」ヨハネ13:1~14
説経者:ラルフ・スミス牧師 ヨハネ13:1~14 さて、過越の祭りの前のこと、イエスは、この世を去って父のみもとに行く、ご自分の時が来たことを知っておられた。そして、世にいるご自分の者たちを愛してきたイエスは、彼らを最後まで愛された。 夕食の間のこと、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうという思いを入れていた。 イエスは、父が万物をご自分の手に委ねてくださったこと、またご自分が神から出て、神に帰ろうとしていることを知っておられた。 イエスは夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水を入れて、弟子たちの足を洗い、腰にまとっていた手ぬぐいでふき始められた。こうして、イエスがシモン・ペテロのところに来られると、ペテロはイエスに言った。「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか。」イエスは彼に答えられた。「わたしがしていることは、今は分からなくても、後で分かるようになります。」ペテロはイエスに言った。「決して私の足を洗わないでください。」イエスは答えられた。「わたしがあなたを
2025年11月2日


「義と認められる者」ルカ18:9~14
説教者:ベンゼデク・スミス牧師 ルカ18:9~14 自分は正しいと確信していて、ほかの人々を見下している人たちに、イエスはこのようなたとえを話された。 「二人の人が祈るために宮に上って行った。一人はパリサイ人で、もう一人は取税人であった。パリサイ人は立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私がほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦淫する者でないこと、あるいは、この取税人のようでないことを感謝します。私は週に二度断食し、自分が得ているすべてのものから、十分の一を献げております。』 一方、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神様、罪人の私をあわれんでください。』 あなたがたに言いますが、義と認められて家に帰ったのは、あのパリサイ人ではなく、この人です。だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるのです。」 今日、私たちが読んだ福音書の箇所で、イエスはとても力強い映像を描いてくれます。それは非常に強いコントラストを持つ二者の物語です。 神殿の中でパリサイ人が祈っていて、その近くに取
2025年10月26日


「預言者の教えとみことば」申命記18:9~22
説教者:ラルフ・スミス牧師 申命記18:9~22 あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地に入ったとき、あなたは、その異邦の民の忌み嫌うべき慣わしをまねてはならない。あなたのうちに、自分の息子、娘に火の中を通らせる者、占いをする者、卜者、まじない師、呪術者、呪文を唱える者、霊媒をする者、口寄せ、死者に伺いを立てる者があってはならない。これらのことを行う者はみな、主が忌み嫌われるからである。これらの忌み嫌うべきことのゆえに、あなたの神、主はあなたの前から彼らを追い払われるのである。 あなたは、あなたの神、主のもとで全き者でなければならない。 確かに、あなたが追い払おうとしているこれらの異邦の民は、卜者や占い師に聞き従ってきた。しかし、あなたの神、主はあなたがそうすることを許さない。 あなたの神、主はあなたのうちから、あなたの同胞の中から、私のような一人の預言者をあなたのために起こされる。あなたがたはその人に聞き従わなければならない。これは、あなたがホレブでのあの集まりの日に、あなたの神、主に求めて、「私の神、主の御声は二度と聞きたくありませ
2025年10月19日


「ナアマンの癒しと謙遜の信仰」第二列王記5:1~15b
説教者:ベンゼデク・スミス牧師 第二列王記5:1~15b アラムの王の軍の長ナアマンは、その主君に重んじられ、尊敬されていた。それは、主が以前に、彼を通してアラムに勝利を与えられたからであった。この人は勇士であったが、ツァラアトに冒されていた。アラムはかつて略奪に出たとき、イスラエルの地から一人の若い娘を捕らえて来ていた。彼女はナアマンの妻に仕えていた。彼女は女主人に言った。「もし、ご主人様がサマリアにいる預言者のところに行かれたら、きっと、その方がご主人様のツァラアトを治してくださるでしょう。」そこで、ナアマンはその主君のところに行き、イスラエルの地から来た娘がこれこれのことを言いました、と告げた。アラムの王は言った。「行って来なさい。私がイスラエルの王に宛てて手紙を送ろう。」そこで、ナアマンは、銀十タラントと金六千シェケルと晴れ着十着を持って出かけた。 彼はイスラエルの王宛ての次のような手紙を持って行った。「この手紙があなたに届きましたら、家臣のナアマンをあなたのところに送りましたので、彼のツァラアトを治してくださいますように。」イスラエルの
2025年10月12日


「預言者と福音の勝利」申命記18:9~14
説教者:ラルフ・スミス牧師 申命記18:9~14 あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地に入ったとき、あなたは、その異邦の民の忌み嫌うべき慣わしをまねてはならない。あなたのうちに、自分の息子、娘に火の中を通らせる者、占いをする者、卜者、まじない師、呪術者、呪文を唱える者、霊媒をする者、口寄せ、死者に伺いを立てる者があってはならない。これらのことを行う者はみな、主が忌み嫌われるからである。これらの忌み嫌うべきことのゆえに、あなたの神、主はあなたの前から彼らを追い払われるのである。 あなたは、あなたの神、主のもとで全き者でなければならない。 確かに、あなたが追い払おうとしているこれらの異邦の民は、卜者や占い師に聞き従ってきた。しかし、あなたの神、主はあなたがそうすることを許さない。 私たちはしばらく前から申命記を学んでいるが、その中で、さばきつかさ、祭司、王について学んできた。今日は預言者について学ぶ。イエス様は、祭司であり、王であり、預言者である。申命記18:9からは、主イエス・キリストを預言者として預言する箇所である。 【申命記18:9
2025年10月5日


「富の正しい使い方」ルカ16:19~31
説教者:ベンゼデク・スミス牧師 ルカ16:19~31 ある金持ちがいた。紫の衣や柔らかい亜麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。その金持ちの門前には、ラザロという、できものだらけの貧しい人が寝ていた。彼は金持ちの食卓から落ちる物で、腹を満たしたいと思っていた。犬たちもやって来ては、彼のできものをなめていた。 しばらくして、この貧しい人は死に、御使いたちによってアブラハムの懐に連れて行かれた。金持ちもまた、死んで葬られた。金持ちが、よみで苦しみながら目を上げると、遠くにアブラハムと、その懐にいるラザロが見えた。金持ちは叫んで言った。『父アブラハムよ、私をあわれんでラザロをお送りください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすようにしてください。私はこの炎の中で苦しくてたまりません。』するとアブラハムは言った。『子よ、思い出しなさい。おまえは生きている間、良いものを受け、ラザロは生きている間、悪いものを受けた。しかし今は、彼はここで慰められ、おまえは苦しみもだえている。そればかりか、私たちとおまえたちの間には大きな淵がある。ここからおまえたちの
2025年9月28日


「放蕩息子のたとえ話」ルカ15:11~32
説教者:ラルフ・スミス牧師 ルカ15:11~32 イエスはまた、こう話された。「ある人に二人の息子がいた。 弟のほうが父に、『お父さん、財産のうち私がいただく分を下さい』と言った。それで、父は財産を二人に分けてやった。 それから何日もしないうちに、弟息子は、すべてのものをまとめて遠い国に旅立った。そして、そこで放蕩して、財産を湯水のように使ってしまった。 何もかも使い果たした後、その地方全体に激しい飢饉が起こり、彼は食べることにも困り始めた。 それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑に送って、豚の世話をさせた。 彼は、豚が食べているいなご豆で腹を満たしたいほどだったが、だれも彼に与えてはくれなかった。 しかし、彼は我に返って言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が、なんと大勢いることか。それなのに、私はここで飢え死にしようとしている。 立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。 もう、息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてくだ
2025年9月21日


「迷子の羊」ルカ15:1~10
説教者:ベンゼデク・スミス牧師 ルカ15:1~10 さて、取税人たちや罪人たちがみな、話を聞こうとしてイエスの近くにやって来た。 すると、パリサイ人たち、律法学者たちが、「この人は罪人たちを受け入れて、一緒に食事をしている」と文句を言った。 そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。 「あなたがたのうちのだれかが羊を百匹持っていて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。見つけたら、喜んで羊を肩に担ぎ、家に戻って、友だちや近所の人たちを呼び集め、『一緒に喜んでください。いなくなった羊を見つけましたから』と言うでしょう。あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。 また、ドラクマ銀貨を十枚持っている女の人が、その一枚をなくしたら、明かりをつけ、家を掃いて、見つけるまで注意深く捜さないでしょうか。 見つけたら、女友だちや近所の女たちを呼び集めて、『一緒に喜んでください。
2025年9月14日


「自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる」ルカ14:1、7~14
説教者:ベンゼデク・スミス牧師 ルカ14:1、7~14 ある安息日のこと、イエスは食事をするために、パリサイ派のある指導者の家に入られた。そのとき人々はじっとイエスを見つめていた。… イエスは、客として招かれた人たちが上座を選んでいる様子に気がついて、彼らにたとえを話された。 「結婚の披露宴に招かれたときには、上座に座ってはいけません。あなたより身分の高い人が招かれているかもしれません。あなたやその人を招いた人が来て、『この人に席を譲ってください』と言うことになります。そのときあなたは恥をかいて、末席に着くことになります。 招かれたなら、末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、『友よ、もっと上席にお進みください』と言うでしょう。そのとき、ともに座っている皆の前で、あなたは誉れを得ることになります。なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」 イエスはまた、ご自分を招いてくれた人にも、こう話された。「昼食や晩餐をふるまうのなら、友人、兄弟、親族、近所の金持ちなどを呼んではいけません。彼ら
2025年8月31日


「王が増やしてはならない三つのもの」申命記17:14~20
説教者:ラルフ・スミス牧師 申命記17:14~20 あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地に入って行って、それを占領し、そこに住むようになったとき、あなたが「周りのすべての国々と同じように私も自分の上に王を立てたい」と言うなら、必ず、あなたの神、主が選ばれる者をあなたの上に王として立てなければならない。あなたの同胞の中から、あなたの上に王を立てなければならない。同胞でない異国人をあなたの上に立てることはできない。ただし王は、決して自分のために馬を増やしてはならない。馬を増やすために民をエジプトに戻らせてはならない。主は「二度とこの道を戻ってはならない」とあなたがたに言われた。また王は、自分のために多くの妻を持って、心がそれることがあってはならない。自分のために銀や金を過剰に持ってはならない。 その王国の王座に就いたら、レビ人の祭司たちの前にある書から自分のために、このみおしえを巻物に書き写し、自分の手もとに置き、一生の間これを読まなければならない。それは、王が自分の神、主を恐れ、このみおしえのすべてのことばと、これらの掟を守り行うことを
2025年8月24日


「神のプラン」創世記3:1~24
説教者:ギャレット・クロウ牧師(Garret Craw, アメリカ テキサス州 キングスクロス改革派教会 主任牧師 ) 創世記3:1~24 さて蛇は、神である主が造られた野の生き物のうちで、ほかのどれよりも賢かった。蛇は女に言った。「園の木のどれからも食べてはならないと、神は本当に言われたのですか。」 女は蛇に言った。「私たちは園の木の実を食べてもよいのです。 しかし、園の中央にある木の実については、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ』と神は仰せられました。」 すると、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。 それを食べるそのとき、目が開かれて、あなたがたが神のようになって善悪を知る者となることを、神は知っているのです。」 そこで、女が見ると、その木は食べるのに良さそうで、目に慕わしく、またその木は賢くしてくれそうで好ましかった。それで、女はその実を取って食べ、ともにいた夫にも与えたので、夫も食べた。こうして、ふたりの目は開かれ、自分たちが裸であることを知った。そこで彼らは、い
2025年8月17日


「王についての教え その2」申命記17:14~20
説経者:ラルフ・スミス牧師 申命記17:14~20 あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地に入って行って、それを占領し、そこに住むようになったとき、あなたが「周りのすべての国々と同じように私も自分の上に王を立てたい」と言うなら、必ず、あなたの神、主が選ばれる者をあなたの上に王として立てなければならない。あなたの同胞の中から、あなたの上に王を立てなければならない。同胞でない異国人をあなたの上に立てることはできない。 ただし王は、決して自分のために馬を増やしてはならない。馬を増やすために民をエジプトに戻らせてはならない。主は「二度とこの道を戻ってはならない」とあなたがたに言われた。また王は、自分のために多くの妻を持って、心がそれることがあってはならない。自分のために銀や金を過剰に持ってはならない。その王国の王座に就いたら、レビ人の祭司たちの前にある書から自分のために、このみおしえを巻物に書き写し、自分の手もとに置き、一生の間これを読まなければならない。それは、王が自分の神、主を恐れ、このみおしえのすべてのことばと、これらの掟を守り行うことを
2025年8月10日


「空の空。すべては空。」伝道者の書1:2、12~14、2:18~23
説教者:ベンゼデク・スミス牧師 伝道者の書1:2、12~14、2:18~23 空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。… 伝道者である私は、エルサレムでイスラエルの王であった。 私は、天の下で行われる一切のことについて、知恵を用いて尋ね、探り出そうと心に決めた。これは、神が人の子らに、従事するようにと与えられた辛い仕事だ。 私は、日の下で行われるすべてのわざを見たが、見よ、すべては空しく、風を追うようなものだ。… 私は、日の下で骨折った一切の労苦を憎んだ。跡を継ぐ者のために、それを残さなければならないからである。その者が知恵のある者か愚か者か、だれが知るだろうか。しかも、私が日の下で骨折り、知恵を使って行ったすべての労苦を、その者が支配するようになるのだ。これもまた空しい。 私は、日の下で骨折った一切の労苦を見回して、絶望した。 なぜなら、どんなに人が知恵と知識と才能をもって労苦しても、何の労苦もしなかった者に、自分が受けた分を譲らなければならないからだ。これもまた空しく、大いに悪しきことだ。 実に、日の下で骨折った一切の労苦と思い煩いは、人に
2025年8月3日
「王についての教え」申命記17:18~20
説教者:ラルフ・スミス牧師 申命記17:18~20 その王国の王座に就いたら、レビ人の祭司たちの前にある書から自分のために、このみおしえを巻物に書き写し、自分の手もとに置き、一生の間これを読まなければならない。それは、王が自分の神、主を恐れ、このみおしえのすべてのことばと、これらの掟を守り行うことを学ぶためである。それは、王の心が自分の同胞の上に高ぶることのないようにするため、また命令から右にも左にも外れることがなく、彼とその子孫がイスラエルのうちで、長くその王国を治めることができるようにするためである。 私たちは数週間から申命記とイエス様について一緒に見て考えているが、まず申命記のことを思い出していただきたい。 申命記は紀元前千五百年頃に書かれた書物で、モーセが荒野で四十年間イスラエルを導き、その旅が終わった最後の月に書かれた書物、つまりモーセが死ぬ直前に書かれたものである。私たちは礼拝でモーセの十戒を簡潔に告白しているが、申命記全体はモーセの十戒を中心にしていることも皆さんは覚えていると思う。申命記6章から26章までは、モーセの十戒を第一戒か
2025年7月27日


「必要なことは一つだけです」ルカ10:38~42
説教者:ベンゼデク・スミス牧師 ルカ10:38~42 さて、一行が進んで行くうちに、イエスはある村に入られた。すると、マルタという女の人がイエスを家に迎え入れた。 彼女にはマリアという姉妹がいたが、主の足もとに座って、主のことばに聞き入っていた。 ところが、マルタはいろいろなもてなしのために心が落ち着かず、みもとに来て言った。「主よ。私の姉妹が私だけにもてなしをさせているのを、何ともお思いにならないのですか。私の手伝いをするように、おっしゃってください。」 主は答えられた。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。 しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」 今日、私たちが福音書で読んだ箇所はとても家庭的なストーリーで、イエスが訪れた時にこの二人の姉妹がどういう行動をしたかという話です。 姉はイエスをもてなすために一生懸命働いて、妹はイエスの足元でイエスの話を聞いていました。それで姉がいらいらしています。これはある意味でとても共感できる話です。
2025年7月20日


「王を求めることについての教え」申命記17:14~15
説教者:ラルフ・スミス牧師 申命記17:14~15 あなたの神、主があなたに与えようとしておられる地に入って行って、それを占領し、そこに住むようになったとき、あなたが「周りのすべての国々と同じように私も自分の上に王を立てたい」と言うなら、必ず、あなたの神、主が選ばれる者をあなたの上に王として立てなければならない。あなたの同胞の中から、あなたの上に王を立てなければならない。同胞でない異国人をあなたの上に立てることはできない。 今日の箇所は、申命記の中の王を求めることについての導入である。この教えは17:14~20まで続く。申命記が特に第五戒を強調していることを先週説明した。 【 申命記5:16】 あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が命じたとおりに。それは、あなたの日々が長く続くようにするため、また、あなたの神、主があなたに与えようとしているその土地で幸せになるためである。 第五戒は父と母を敬いなさい、という命令である。それを守れば神様は二つの祝福を約束してくださる。一つは長く生きること、そしてもう一つは幸せになるということである。申命記の中で、第
2025年7月6日


「モーセとイエス様の申命記 第2回」
説教者:ラルフ・スミス牧師 この申命記の学びは、モーセとイエス様の申命記を考えるシリーズである。 今日は、モーセとイエス様の申命記の不思議な大切な背景の一つを考えて、申命記全体の流れを簡単に描き、申命記の中の第五戒について一緒に考えたいと思う。 ⚫️モーセとイエス様の申命記の不思議な深い背景 【ヨハネ1:14a、18】 ことばは人となって私たちの間に住まわれた。… いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が神を説き明かされたのである。 イエス様はことばなる神で、このお方が人となって私たちの間に住まわれた。そしてだれも神様を見たことがない中で、御子イエス様が私たちに神様を解き明かしてくださった。 しかしイエス様が受肉によって初めて神を表す働きを始めたわけではないし、ヨハネもそのような意味では言っていない。この御子の働きは昔からずっと同じようにあった。旧約聖書の中で、神様が形を持ってご自分を表しているところは、基本的に御子による働きである。しかし受肉によってイエス様が御父を表す働きはもっと深く、広くなって、その光はもっと強く
2025年6月29日


「レギオン」ルカ8:26~39
説教者:ベンゼデク・スミス牧師 ルカ8:26~39 こうして彼らは、舟で、ガリラヤの反対側にあるゲラサ人の地に着いた。 イエスが陸に上がられると、その町の者で、悪霊につかれている男がイエスを迎えた。彼は長い間、服を身に着けず、家に住まないで墓場に住んでいた。彼はイエスを見ると叫び声をあげ、御前にひれ伏して大声で言った。「いと高き神の子イエスよ、私とあなたに何の関係があるのですか。お願いです。私を苦しめないでください。」 それは、イエスが汚れた霊に、この人から出て行くように命じられたからであった。汚れた霊はこの人を何回も捕らえていた。それで彼は鎖と足かせでつながれて監視されていたが、それらを断ち切っては、悪霊によって荒野に駆り立てられていた。イエスが「おまえの名は何か」とお尋ねになると、彼は「レギオンです」と答えた。悪霊が大勢彼に入っていたからである。悪霊どもはイエスに、底知れぬ所に行けと自分たちにお命じにならないようにと懇願した。 ちょうど、そのあたりの山に、たくさんの豚の群れが飼われていたので、悪霊どもは、その豚に入ることを許してくださいと懇願
2025年6月22日


「モーセとイエス様の申命記」
説教者:ラルフ・スミス牧師 これから待降節まで、私が説教するときは、申命記を通して一緒に考えたいと思う。 申命記はモーセによって書かれた書物である。そして同時に申命記はイエス様の書物である。 今日はこの二つの観点から申命記を一緒に考えたい。 ⚫️申命記とモーセ 申命記はモーセによって書かれた書物である。しかし今の時代の一般的な学者たちは、申命記をモーセの書物とは考えていない。なぜなら、申命記があまりにも優れているので、このような書物を申命記の時代にモーセのような人物が書いたとは信じ難いというのだ。学者たちは、申命記はアッシリア帝国の時代に、アッシリア帝国とバビロン帝国の色々な知恵を借りて書かれたものではないかという。それが今の聖書をあまり信じていない学者たちの定説である。皆さんは驚くかもしれないが、一般的な神学校や大学の旧約聖書の学者たちは、聖書を神のみことばとしてそんなに深く信じていない。それで申命記をモーセの書物として見ないで、バビロンやメソポタミアの学問を借りてモーセの名前にされていると考えている。 もちろん、聖書を信じる学者はそのようには
2025年6月15日