「人間にとってのすべて」伝道者の書1:1~3
- 1月4日
- 読了時間: 8分
説教者:ラルフ・スミス牧師
伝道者の書1:1~3
エルサレムの王、ダビデの子、伝道者のことば。
空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。
日の下でどんなに労苦しても、それが人に何の益になるだろうか。
今週から、私が説教を担当するときは伝道者の書を一緒に学びたいと思う。
この書物の主題はなんだろうか。
伝道者の書は、人間の生きる意義は何か、人生の意義は何か、それを究極的に問いかけ、探求する書物である。そして伝道者の書は大人のための書物である。
⚫️空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。日の下でどんなに労苦しても、それが人に何の益になるだろうか。(1:2~3)
ソロモンはこのように訴える。
そして結論も教えている。
【伝道者の書12:8~10、13】空の空。伝道者は言う。すべては空。伝道者は知恵ある者であった。そのうえ、知識を民に教えた。彼は思索し、探究し、多くの箴言をまとめた。伝道者は適切なことばを探し求め、真理のことばをまっすぐに書き記した。…
結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。
このようにソロモンは書物の最初に課題を提起し、この書物の内容を私たちに教えて、最後のところで結論を出す。結論を出すなら、何を探求するのであろうか。結論がわかっているなら、何を探し出そうとしているのだろうか。
この書の中で考えなければならないのは、「知る」ということである。一つは、勉強して得る概念的な知識である。
もう一つは、体験的な知識である。例えば、病気の苦しみは体験しなければわからない、痛み、戦争、愛する者を失う悲しみも、実際に体験しなければ本当には理解できない。主イエス・キリストを知り、その救いの喜びや祝福を知ることも、体験しなければ心には入らない。この祝福を与えられなければ体験することもできない。レベルは違うが、テレビでおいしいものを食べている人を見るだけではその味は分からないのと同じように、私たちは実際に味わうことで体験的な知識を得る必要があるのである。
ソロモン王は、体験の知識を求めて、その知識を得て、それを民に教えることを求めていた。
⚫️エルサレムの王、ダビデの子、伝道者のことば。(1:1)
ソロモン王はイスラエル全体の三人目の王であった。ソロモン以降はそのようにイスラエル全体を支配する王はいなくなった。
一人目の王はサウロ、二人目の王はダビデである。三人目の王ソロモンの時代まではイスラエルを一つの王国として一人の王が治めていた。ソロモンがBC974年に死んでから、イスラエルは南北二つの国に分かれてしまった。
ソロモンはエルサレムの王と書いてあるが、サウルはエルサレムの王ではなかった。ダビデも最初はヘブロンで王になって、その後エルサレムで王になった。ソロモンは最初から最後までエルサレムの王であった。ソロモンがこの書物を書いたのは三千年ほど前のことであるが、現代の私たちにとっても大切な意味があると思う。
ソロモンが王になった時、自分は未熟だと思ってこのように祈った。
【第一列王記3:7~9】わが神、主よ。今あなたは私の父ダビデに代わって、このしもべを王とされました。しかし私は小さな子どもで、出入りする術を知りません。そのうえ、しもべは、あなたが選んだあなたの民の中にいます。あまりにも多くて、数えることも調べることもできないほど大勢の民です。
善悪を判断してあなたの民をさばくために、聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、この大勢のあなたの民をさばくことができるでしょうか。」
ソロモンは神様に知恵を求める祈りをささげ、神様はその祈りに答えてくださった。
【第一列王記3:10~14】これは主のみこころにかなった。ソロモンがこのことを願ったからである。
神は彼に仰せられた。「あなたがこのことを願い、自分のために長寿を願わず、自分のために富を願わず、あなたの敵のいのちさえ願わず、むしろ、自分のために正しい訴えを聞き分ける判断力を願ったので、
見よ、わたしはあなたが言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに、知恵と判断の心を与える。あなたより前に、あなたのような者はなく、あなたの後に、あなたのような者は起こらない。
そのうえ、あなたが願わなかったもの、富と誉れもあなたに与える。あなたが生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者は一人もいない。また、あなたの父ダビデが歩んだように、あなたもわたしの掟と命令を守ってわたしの道に歩むなら、あなたの日々を長くしよう。」
神様は、ソロモンより前にも後にもそのような者がいないほどの優れた知恵の心を彼に与えてくださった。
この書物は、21世紀に生きる私たちにとっても、学ぶべき、問いかけに満ちた知恵の書物である。
ソロモンはエルサレムでこの書物を書いたが、これは単に古代の王国に限られたものではなく、この書物から学んで、二千年続く教会の時代、さらにキリストの再臨の時まで、普遍的な教会に与えられている知恵の書物である。そして同時に地域教会一つ一つ、地域教会に属している教会員一人一人に与えられている知恵の書物であり、大切な教えである。このことを覚えて学びたいと思う。
⚫️空の空(1:2) (くうのくう)
この書物のキーワードは、日本語では空(くう)と訳されている。まずこの解釈を考えなければならない。英語の聖書の中で、meaningless(無意味)ということばが使われているものがある。しかしヘブル語から文字通りの訳をすると「ヘベル」ということばで、へベルの意味は霞(かすみ)である。ソロモンはすべてが無意味だと言っているのではなくて、つかまえることも支配することもできない、霞のような不思議な側面を表そうとしているのだと思う。私たちはこの「空(くう)」の世界の中に生きているが、結論として語られているのは、「神を恐れ、神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである」ということである。
すべてにおいて神を恐れ、命令を守り、信頼し、愛し、尊敬し、神を礼拝する心を持って生きるということである。
ヘブル語の「ヘベル(霞かすみ)」ということばは旧約聖書の中で73回も出てくる。そのうちの38回はこの12章しかないある意味で短い伝道者の書に出てくるのだ。ソロモンは明らかにこのことばを強調しているので、霞(かすみ)という意味で、空(くう)の空(くう)ということばを使っていると思う。
⚫️結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。(12:13)
ソロモンはじつに」三千もの箴言を書いた。
【第一列王記4:29~30、32】神様は彼に非常に豊かな知恵と英知と、海辺の砂浜のように広い心を与えられた。ソロモンの知恵は、東のすベての人々の知恵と、エジプト人のすべての知恵にまさっていた。三千の箴言を語り、彼の歌は千五首もあった。
その箴言の中で、今日の箇所と同じようなことを話している。
【箴言1:7】主を恐れることは知識の初め。愚か者は知恵と訓戒を蔑む。
神を恐れることは、本当の意味で知識の初めである。創造主を知らなければ、被造物を正しく理解することはできない。
【箴言9:10】主を恐れることは知恵の初め、聖なる方を知ることは悟ることである。
知恵は実際の生活で神様に与えられた知識をどのように適用すべきかという面もあるし、知識の色々な分野をどのように一緒に考えるべきかという面もある。
知恵の初めは創造主なる神を恐れること、知識の初めはすべての被造物を創造して定義してくださった創造主なる神様を恐れることである。これが、本当の知識の始まりである。
これがキリスト者の生き方である。神を恐れて、神の命令を守る。愛して信頼してみことばに従う。
イエス様もこのように教えてくださっている。
【ヨハネ14:23a】だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。
イエス様を愛するゆえにイエス様の命令に従う。これが知恵のあるキリスト者の歩みなのである。
なぜソロモンがこの書物を書いたかというと、今日朗読した詩篇72篇にその答えがあると思う。
【詩篇72:12~14】それは王が叫び求める貧しい者や、助ける人のない苦しむ者を救い出すからです。王は弱い者や貧しい者をあわれみ、貧しい者たちのいのちを救います。虐げと暴虐から、王は彼らのいのちを贖います。王の目には彼らの血は尊いのです。
これは他の国々の王とは全くちがっている。イエス様も、この世の支配者たちは横柄で権力をふるうと言う。
【マルコ10:42】そこで、イエスは彼らを呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められている者たちは、人々に対して横柄にふるまい、偉い人たちは人々の上に権力をふるっています。
しかし弟子たちにはそうであってはいけないと教えていた。
【マルコ10:44】あなたがたの間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。
上に立つ者は人に仕えるのである。
詩篇72篇の王も民に仕える心を持っている。これはメシアの雛形である。イエス様はこのような王であることをこの詩篇から考えさせられる。ソロモンはイスラエルの王で、自分の民を愛して教えなければならない。自分の民にとって何がいいのかを考えなければならない。その一つは民に知恵を教えることである。
イエス様も「飼い主のいない羊のような群衆を見て深く憐れみ、多くのことを教え始められた。(マルコ6:34)」イエス様が民を憐れむとき、救いのことばを語ったのである。ソロモンも同じような心をもってこの書物を書いた。
旧約聖書はすべて主イエス・キリストにおいて成就された。それを覚えながら読むべきである。
ソロモンは若くして知恵を求めたが、イエス様も十二歳の時に神殿でイスラエルのリーダーたち、教師たちと論じ合っていた。それを見たヨセフとマリアはそのことを覚えていた。主イエス・キリストこそ知恵のある教師であり王なのである。
パウロもこのように言う。
【コロサイ2:3】このキリストのうちに、知恵と知識の宝がすべて隠されている。
ソロモンが伝道者の書を書いた時にはイエス様の死と復活についてはわかっていなかったが、御霊が導いてそれに向かっている書物を書いた。伝道者の書の秘密、宝は最終的にはイエス様ご自身にあることを覚えながら、続けてこの書物を一緒に学んでいこうと思う。
ソロモンは「空の空。すべては空。」と言うけれど、神様が私たちにどのように生きるべきかを教えてくれた。
神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。(12:13)
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