「労苦の中に満足を見出す」伝道者の書
- 2月22日
- 読了時間: 9分
説教者:ラルフ・スミス牧師
伝道者の書はいつ書かれたのか、思い出していただきたい。
ソロモンは紀元前千年頃の人物で、ダビデの息子であり、エルサレムで王として治めていた。父ダビデは戦争で何度も勝って、イスラエルを強い王国に作り上げた。それに対してソロモンは平和の王だったので、自ら戦争をしなくてもよかった。
ソロモン時代のイスラエルの状態は第一列王記を見るとよくわかる。
伝道者の書を学ぶときに、第一列王記に書いてあることを思い出したりしながら見るとよいと思う。
【第一列王記4:20】ユダとイスラエルの人々は海辺の砂のように多くなり、食べたり飲んだりして、楽しんでいた。
英語では「食べたり飲んだりして、喜んでいた」となっている。イスラエルは祝福されて、そして喜んでいた。この言葉を聞いて気づいている人もいると思うが、イスラエルが海辺の砂のように多くなるというのは、アブラハム契約の約束であった。アブラハム契約の約束に書いてあることが、ソロモンの時代にある程度まで成就されたのである。最終的な成就はイエス様によるのだが、ソロモンの時代は、旧約聖書の時代の中でイスラエルが一番恵まれていた時代であった。
だから、伝道者の書の最初のところで「空の空、すべては空」と書いてあるのがちょっと不思議に感じるかもしれない。そんなに良い時代だったのなら「豊かの豊か、すべては豊か」と書いてあるはずではないか。
第一列王記の中ではすべてが豊かで、すべてが祝福されている。それなのにソロモンは「空の空、すべては空」と言う。
⚫️何が「空の空」なのか
彼は何を考えているのだろうか。どうしてソロモンは「空の空」と言うのか。何が虚しく、何に問題を感じているのか。
彼が悟ったのは、人生がどんなに祝福されても、どんなに豊かでも、どんなにすべてがうまくいっても、最後に死ななければならないということである。同じように悲しくて試練ばかりで大変な人生であっても、最後にみんな死ぬ。「空の空」は死の話でもある。みんな死ななければならないことをソロモンは虚しく感じて「空の空」の話をする。ソロモンは祝福された時代に生きていて、アブラハム契約が成就されている時代に生きていたが、死というものからは逃げられない。今朝朗読した創世記の箇所はその理由を私たちに教えている。
【創世記2:15~17】神である主は人を連れて来て、エデンの園に置き、そこを耕させ、また守らせた。神である主は人に命じられた。「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは、食べてはならない。その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」
神様はアダムとエバをお造りになり、二人をエデンの園に置いて、豊かに祝福してくださった。そして善悪の知識の木の実以外、どの実を取って食べても良いという豊かな恵みを、神様はアダムとエバに与えた。しかし、善悪の知識の木を取って、それを食べたその日に「あなたは死ななければならない」と言われた。
【ローマ5:12~19】こういうわけで、ちょうど一人の人によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして、すべての人が罪を犯したので、死がすべての人に広がったのと同様に──
ローマ人への手紙5章の箇所を読むと、死が入って広がり、そしてみんな死ななければならないというさばきになった。それがソロモンが見ていた「空の空」の背景にある問題なのである。
⚫️ソロモンが求めたもの
それでソロモンは何をしたのか。何を求めて、何を確かめたのか。
それは知恵をもって知恵を求めることであった。知恵のある者は知恵を求める。「もうこれで十分だ、これ以上知恵はいらない」とは思ったりはしない。
【伝道者の書1:13】私は、天の下で行われる一切のことについて、知恵を用いて尋ね、探り出そうと心に決めた。
これがすでに本格的に知恵のある人の考え方である。天の下にあるすべてのものについて考えて、知恵を求めて、そして探り出す。彼はさらに知恵を求めていた。
【伝道者の書1:17】私は、知恵と知識を、狂気と愚かさを知ろうと心に決めた。それもまた、風を追うようなものであることを知った。
ソロモンは「あの人はクレイジーだ」と思われたり、「あの人は愚かだ」と思われるほど、極端に熱心に心を尽くして知恵を求めた。元々天才的でみことばを深く理解できる人だったので、続けて求めて成長しようとしていた。
【第一列王記4:30】ソロモンの知恵は、東のすべての人々の知恵と、エジプトのすべての知恵にまさっていた。
当時の世界の中でソロモン以上に知恵のある人はいなかった。
そのような人が続けて知恵を求めていた。
【伝道者の書2:1~2】私は心の中で言った。「さあ、快楽を味わってみるがよい。楽しんでみるがよい。」しかしこれもまたなんと空しいことか。笑いか。私は言う。それは狂気だ。快楽か。それがいったい何だろう。
日本語のニュアンスで「快楽」はあまり良い言葉ではないので、昔のギリシャのエピクロス派のような快楽主義を思い出してしまうが、ソロモンはどんな意味で快楽を考えていたのだろうか。
中国語で快楽という同じ漢字を使って「新年快楽」は「ハッピーニューイヤー」「明けましておめでとう」という意味になる。悪いニュアンスは何もない。同様に誕生日に「快楽」というと「ハッピーバースデー」「お誕生日おめでとう」という意味になる。日本語のようなニュアンスは中国語にはないし、ヘブル語のことばは喜びということばで、そこにも変なニュアンスはない。ソロモンは「喜びを味わってみるがよい」と言っている。喜び、感謝を求めている。
⚫️感謝と喜びをどうやって求めたのだろうか。
【伝道者の書2:4~8】私は自分の事業を拡張し、自分のために邸宅を建て、いくつものぶどう畑を設け、いくつもの庭と園を造り、そこにあらゆる種類の果樹を植えた。木の茂った森を潤すためにいくつもの池も造った。
私は男女の奴隷を得、家で生まれた奴隷も何人もいた。私は、私より前にエルサレムにいただれよりも、多くの牛や羊を所有していた。
私はまた、自分のために銀や金、それに王たちの宝や諸州の宝も集めた。男女の歌い手を得、人の子らの快楽である、多くの側女を手に入れた。
ソロモンが感謝と喜び、楽しみをどのように求めたのかというと、ソロモン自身が私たちに説明している。
神様が世界を美しく造ってくださったので、ソロモンは神様の御名のために事業をやった。園のようにたくさんの木を植えてぶどう畑を美しく作った。今でもそのようにする人がいる。畑に行くと、畑が公園のような感じで中に川が流れていたり、座って一緒に食べる場所があったりする。ソロモンはイスラエルが一緒に神の祝福を楽しむことができるようにこのような場所を備えた。ソロモンがどのように園や家を作ったか、細かいことは書かれていないが、シェバの女王がソロモンのところに尋ねてきて、ソロモンのしもべたちの服や家来たちの歩き方、仕え方、それらを全部見て感動した。ソロモンがこの人たちを導いて、教えて、非常に優れた家来たちがたくさんいるということを、シェバの女王は見て感動した。
ソロモンはたくさんの家を建てた。家をたくさん建てたときに、昔のアメリカのようには作らなかった。私の子どもの時に、街から少し離れたところにたくさんの家が建てられていた。道はまっすぐで、家は全部まったく同じ感じで、同じデザイン、同じ色の家がずっと並んでいた。これは工場で働く人たちのための安い家だった。
ソロモンの建てる家はそういうものではないと思う。一つ一つ違うはずだし、美しくて、女王が見て感動するようなものでなければならない。
第一列王記4章にソロモンの毎日の食事について記されているが、そこには毎日牛が三十頭(肥えた牛十頭と放牧の牛二十頭)、羊が百匹、その他に雄鹿、かもしか、のろ鹿、肥えた鳥といった膨大なリストが並んでいる。 たくさんの人がソロモンとともに食べていた。しもべたちにその仕事を与えて、そしてうまく美しくやっていて、シェバの女王がそれを見て感動するような毎日の食事であった。
ソロモンの父ダビデは音楽の王様だったが、ソロモンもダビデのように楽器を作らせたり、歌うたいたちに歌ってもらったりした。ダビデは詩篇をたくさん書いたが、ソロモンもたくさんの歌を書いたし、三千ほどの箴言も語った。だからソロモンはたくさん教えて、歌を書いて、楽器と歌を訓練させたりして、自分の宮殿でイスラエルの人たち、そして外国の人たちと一緒に毎日大きな宴会をやって、そこで自分の信念を語ったりしていたと思う。
「多くの側女(そばめ)」という言い方がここにあるが、ソロモンには側女が三百人、王妃が七百人いた。なぜ王妃が七百人なのかというと、聖書の中に直接は書かれていないが、周りの国の多くがソロモンと条約を結んでそれに従っていると書いてあるので、ソロモンは国際条約のために結婚したということである。昔の習慣によって七百人の王妃がいたなら、それほど多くの部族、多くの国との国際関係があったということになる。(側女はもっと自分の喜びのために選んだものかもしれない。)
ソロモンはイスラエルに具体的に知恵を示し、神様の祝福を教えて、そしてイスラエル人たちは自分のぶどうの木の下に座って飲んだり食べたりして喜んでいた。第一列王記に書いてある通り、アブラハム契約の祝福が、ソロモンの時代のイスラエルに与えられた。
⚫️ソロモンは何を悟ったか。
ソロモンは自分が悟ったことをいくつか話しているが、その中の一つを紹介する。
【伝道者の書2:24】人には、食べたり飲んだりして、自分の労苦に満足を見出すことよりほかに、何も良いことがない。そのようにすることもまた、神の御手によることであると分かった。
ソロモンは、人が食べたり飲んだりして、祝福を楽しむことができるのは、神様からの恵みだということを悟った。それはつまり、感謝して神様の契約を守る生き方をするようにソロモンが悟ったのである。
次回のときに、もう少しそのことについて強調して話したいと思う。
伝道者の書は悲観的なものではない。ソロモンがそのように悟ったことは神様の恵みの祝福であるということを、いくつかのところで見ることができる。
人間にとっての知恵というのは、箴言に書いてあるように、神様を恐れて神様のみことばを守って歩むことである。ソロモンはそれを教えてくれた。シェバの女王のように、私たちも感動できるほど、これほどすごい働きをしたソロモン。そして、たくさんの箴言を教えて、歌をたくさん書いて、イスラエルに祝福を具体的に見せて、ユダヤ人、イスラエル人と一緒に楽しんだ。お客さんが毎日たくさん来て、牛三十頭、羊百匹を一緒に食べている。祝福を全て自分一人で楽しんでいるわけではなく、他の人と一緒に分かち合っている。ソロモンはイエス様のように、一緒に食べたり飲んだりしている時にみことばを教え、箴言を語り、一緒に歌ったりする。これは祝福を分かち合う王の姿である。
そして私たちは、ソロモンの後、約三千年経った世界に生きているが、私たちもソロモンの書物を読むときに、祝福を受けて、そして私たちも一緒に食べたり飲んだりして、神様に感謝しながら生活ができる恵みが与えられている。今日、ローマ人への手紙5章の箇所も読んだ。私たちはイエス様が十字架上で死んでよみがえられてから二千年後の世界に生きている。だから私たちにとって、死の問題もいのちの問題もソロモンの時代とは違うが、ソロモンの時代に戻って、彼が何を言っているのかを理解することで、私たちの感謝はもっと深められると思う。次回も続けて、伝道者の書を一緒に考えていきましょう。
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