説教者:ラルフ・スミス牧師
「棕櫚の主日」
皆さんがよく知っているように、来週は復活の主日、イースターである。イースターの前の週である今日は、主イエス・キリストがエルサレムに入った日であり、エルサレムで過ごす最後の週の初めの日である。この日は棕櫚の主日と呼ばれる。
●日曜日(棕櫚の主日)
【マタイ21:1〜2】さて、一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山のふもとのベテパゲまで来たそのとき、イエスはこう言って、二人の弟子を遣わされた。「向こうの村へ行きなさい。そうすればすぐに、ろばがつながれていて、一緒に子ろばがいるのに気がつくでしょう。それをほどいて、わたしのところに連れて来なさい。
この日にイエス様がろばに乗ってオリーブ山のふもとのエルサレムの神殿近くに入り、たくさんの人がイエス様を迎えた。
【マタイ21:9】群衆は、イエスの前を行く者たちも後に続く者たちも、こう言って叫んだ。「ホサナ、ダビデの子に。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。ホサナ、いと高き所に。」
パリサイ人たちはなぜこのようにみんながイエス様に挨拶をするのかと心配した。
【ヨハネ12:19】それで、パリサイ人たちは互いに言った。見てみなさい。何一つうまくいっていない。見なさい。世はこぞってあの人の後について行ってしまった。」
そしてヨハネの福音書に興味深いことが書かれている。イエス様がろばに乗ってエルサレムに来たときは、それがどういう意味か弟子たちにはわからなかった。ヨハネ1章で弟子たちはイエス様をキリスト(メシア)として告白して受け入れているが、イエス様の姿を見ても、群衆がイエス様をほめたたえているところを見ても、イエス様が王としてエルサレムに入ったことを認識していなかった。弟子たちが認識していなければ群衆もここにメシアの意味があることを認識していない。しかしあとになってから弟子たちにわかるようになった。
【ヨハネ12:14〜16】イエスはろばの子を見つけて、それに乗られた。次のように書かれているとおりである。
「恐れるな、娘シオン。見よ、あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。」
これらのことは、初め弟子たちには分からなかった。しかし、イエスが栄光を受けられた後、これがイエスについて書かれていたことで、それを人々がイエスに行なったのだと、彼らは思い起こした。
イエス様がろばに乗っているのは、メシアとしての特別な意味がある。メシアを王として考えるなら、乗り物は普通は馬である。メシアは軍のリーダーでもあるからだ。黙示録でもイエス様は馬に乗っている。しかしろばに乗ってくるのは平和の君の象徴であり(ゼカリヤ9:9)、弟子たちはイエス様の復活のあとで、この棕櫚の主日の意味がどんなに深いかがわかるようになった。
その晩イエス様はベタニヤで弟子たちと過ごした。
●月曜日
イエス様が神殿に戻り、その中で売り買いしている商人たちを追い出して叱った。
【マルコ11:15~17】こうして彼らはエルサレムに着いた。イエスは宮に入り、その中で売り買いしている者たちを追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。また、だれにも、宮を通って物を運ぶことをお許しにならなかった。そして、人々に教えて言われた。「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではないか。それなのに、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしてしまった。」
イエス様は三年間の働きの初めにも同じように神殿から商人を追い出したが(ヨハネ2:13~16)、これはパリサイ人や神殿のリーダーたちのさばきを意味する預言的な行動である。預言者はことばで教えたりするだけでなく、行動で教えたりする。エゼキエルも神様のさばきを意味する預言的な行動をしている。
【エゼキエル4:3b~4】これがイスラエルの家に対するしるしだ。あなたは左脇を下にして身を横たえ、イスラエルの家の咎をその上に置け。あなたがそのように横たわっている日数だけ彼らの咎を負え。
これは、エゼキエルを見た人々が驚くためにやっている。
エリヤがエルサレムに行かずに特別な服を着ていることも、行動においての特別な意味があった。
イエス様も同じことを行なった。月曜日に神殿洗いきよめて神さばきを行いにおいて表した。
●火曜日
イエス様はまた神殿に行き、祭司長や民の長老たちに長い説教をした。(マタイ21~23章)
この中でイエス様は彼らに繰り返し「偽善者」と言い、神のさばきはイスラエルの上に来ると言う。
【マタイ23:37~39】エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者よ。わたしは何度、めんどりがひなを翼の下に集めるように、おまえの子らを集めようとしたことか。それなのに、おまえたちはそれを望まなかった。
見よ。おまえたちの家は、荒れ果てたままに見捨てられる。わたしはおまえたちに言う。今から後、『祝福あれ、主の御名によって来られる方に』とおまえたちが言う時が来るまで、決しておまえたちがわたしを見ることはない。
イエス様は神殿から出てオリーブ山に行く。オリーブ山はエルサレムより高いので、オリーブ山に登ると町全体がよく見える。そして一番真ん前に目立って見えるのが神殿である。
【マタイ24:1~2、34~35】イエスが宮を出て行かれると、弟子たちが近寄って来て、イエスに向かって宮の建物を指し示した。すると、イエスは弟子たちに言われた。「あなたがたはこれらの物すべてを見ているのですか。まことに、あなたがたに言います。ここで、どの石も崩されずに、ほかの石の上に残ることは決してありません。…まことに、あなたがたに言います。これらのことがすべて起こるまでは、この時代が過ぎ去ることは決してありません。天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。
イエス様はオリーブ山にすわって、神様が神殿やエルサレムをさばくという説教をする。マタイ23~25章、マルコ13章、ルカ21章も同じ説教である。
ここでイエス様は、なぜ神がエルサレムの神殿をさばくのかを弟子たちに話しているし、それがどのようなさばきになるかを預言している。マタイによる福音書の中にイエス様の説教が五つあるが、このオリーブ山の説教は最後の説教である。そして古代教会の中でみんながよく覚えている説教だった。イエス様はこの説教の中で、この世代が終わる前に神のさばきが来ることを強調している。マタイ、マルコ、ルカの三福音書はそれを非常に強調している。ヨハネの福音書には同じ説教はないが、代わりに黙示録で同じことを預言している。
●水曜日
イエス様は火曜日の夕方にオリーブ山で説教をして、水曜日に休んだのだろうか。水曜日については何も書かれていない。
●木曜日
木曜日は過越の祭りと、弟子たちとの最後の晩餐の日である。イエス様は食事の準備をして、弟子たちと一緒に過ぎ越しの食事をいただき、最後に長い説教をした。その内容はヨハネ13~17章に書いてある。イエス様の弟子たちに対する最後の言葉は、申命記のモーセの最後の言葉や、創世記49章のヤコブの最後の言葉のようなもので、弟子たちを最後まで愛してくださったことを強調している。その前に、イエス様は弟子たちの足を洗い、この中で私を裏切る者がいると言う。
【ヨハネ13:4~7、21】イエスは夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれた。それから、たらいに水を入れて、弟子たちの足を洗い、腰にまとっていた手ぬぐいでふき始められた。こうして、イエスがシモン・ペテロのところに来られると、ペテロはイエスに言った。「主よ、あなたが私の足を洗ってくださるのですか。」イエスは彼に答えられた。「わたしがしていることは、今は分からなくても、後で分かるようになります。」
…イエスは、これらのことを話されたとき、心が騒いだ。そして証しされた。「まことに、まことに、あなたがたに言います。あなたがたのうちの一人が、わたしを裏切ります。」
食事が終わると、弟子たちとイエス様がもう一度オリーブ山に行き、オリーブ山の中にあるゲッセマネの園に入った。イエス様はゲッセマネの園で祈っていた。この場面はマタイ、マルコ、ルカの三福音書すべてに書かれている。ヨハネの福音書の中にはないが、同じ意味を表すことは書かれている。イエス様は弟子たちに待つように言い、ペテロとヨハネとヤコブを連れて、さらに園の中に入って行った。そしてさらにイエス様が三人から離れて中に入って行った。
【マルコ14:32~36】さて、彼らはゲツセマネという場所に来た。イエスは弟子たちに言われた。「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい。」
そして、ペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれた。イエスは深く悩み、もだえ始め、彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここにいて、目を覚ましていなさい。」それからイエスは少し進んで行って、地面にひれ伏し、できることなら、この時が自分から過ぎ去るようにと祈られた。そしてこう言われた。「アバ、父よ、あなたは何でもおできになります。どうか、この杯をわたしから取り去ってください。しかし、わたしの望むことではなく、あなたがお望みになることが行われますように。」
イエス様は神様に、アバ、父よ、と呼びかけて、すべてのことはあなたにとって可能であるのでこの杯を取り去ってください、と祈る。しかしわたしの思いではなくあなたのみこころがなるように、と祈られた。イエス様はゲッセマネの園で非常に悲しんでいたことがルカの福音書で強調されている。イエス様の汗が血のように流れ出ていた。
イエス様はなぜこんなに悲しいのか。死ななければならないことが怖いのではない。苦しみが怖いのではない。イエス様はご自分が十字架に行かなければならないことを知っている。イエス様はユダヤ人が十字架にかけられているとろこを見たことがあると思う。十字架は拷問を伴う死刑である。イエス様は拷問が怖いのではない。そのために苦しかったのではないし、そのためにこの杯を私から取り去ってくださいと祈っているのではない。杯とは十字架のことであるが、私たちが受けるべき神の怒りの杯を飲まなければならない。イエス様はそのために悲しんでいた。この杯を取り去ってくださいと祈っていた。これはイエス様の祈りではなくて、祈りの前の部分である。
【へブル5:7】キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入れられました。
へブル人への手紙の中で、神様はイエス様の祈りを聞いてくださったと書いてある。神様はイエス様の祈りに「Yes」と答えてくださった。杯を取り去ってくださいというのがイエス様の祈りの本質ではない。「あなたのみこころがなるように」という祈りがイエス様の祈りの本質である。
さきほど、イエス様のゲッセマネの祈りの場面はヨハネの福音書にはないと言ったが、ヨハネ12章にイエス様が祈った時に神の声が雷のように答えてくださったという場面がある。
【ヨハネ12:27~29】「今わたしの心は騒いでいる。何と言おうか。『父よ、この時からわたしをお救いください』と言おうか。いや、このためにこそ、わたしはこの時に至ったのだ。父よ、御名の栄光を現してください。」すると、天から声が聞こえた。「わたしはすでに栄光を現した。わたしは再び栄光を現そう。」
そばに立っていてそれを聞いた群衆は、「雷が鳴ったのだ」と言った。ほかの人々は、「御使いがあの方に話しかけたのだ」と言った。
イエス様は、「わたしはどう祈ったらいいのだろうか。十字架の道を歩まないようにと祈るべきなのか。いや、そうではない。そのためにわたしはこの世に来たのだ。」と言っている。それでイエス様は「父よ、御名の栄光を現わしてください」と祈ったのである。それで天から「わたしはすでに栄光を現わした。わたしは再び栄光を現わそう」という声が聞こえた。群衆は音だけ聞いて内容がわかっていない。これがイエス様のゲッセマネの祈りであり、へブル書での祈りであった。「あなたの御名があがめられように。」
神の怒りの杯を飲まなければならなかったとき、イエス様の思いは「神のみこころがなるように」というものだった。それがイエス様の本当の祈りである。イエス様は悲しいし苦しい。しかしイエス様が本当に求めるのは神の栄光のみであった。イエス様はゲッセマネで私たちの罪のために十字架の道を歩むことを悲しんで祈ったが、その中でも神の御心がなるようにと祈っていた。
私たちは、御霊が働いてくださることによって、神をアバ父と呼ぶことができる。これはゲッセマネのイエス様の祈りによって、私たちがアバ父と呼ぶ特権が与えられているのである。
●金曜日
何時かははっきり書かれていないが、多分夜中の12時頃、イスカリオテのユダとローマ人と祭司たちが現れて、イエス様を逮捕して、元大祭司アンナスのところに連れて行った。そこでイエス様は色々な質問を受けた。アンナスはイエス様を大祭司カヤバのところに連れて行き、一晩中裁判が行われ、イエス様をむちで打ったり、ひげを抜いたり、顔を殴ったりして、それが朝の6時まで続いた。イエス様がピラトの前に立つ頃には、イエス様の顔は顔中血だらけでぶたれて腫れ上がっていた。
ローマの裁判官が朝の6時から働くのは珍しいことではなかった。ピラトはヘロデ王のところにイエス様を送り、ヘロデもイエス様をあざけってまたピラトのもとに送り返し、ピラトのところで裁判が続いた。それも朝の9時で終わった。ローマ人もイエス様を殴ったり、むちで打ったりして、それだけで死んでしまう人もいるほどだった。
イエス様は自分で十字架を負うことができなかったので、クレネ人のシモンが代わりに十字架を負ってゴルゴタの丘まで行った。
イエス様は朝9時に十字架にかけられ、昼の12時に辺りが暗くなって、午後3時に暗闇の中で私たちの罪のために死なれた。
【マタイ27:51~54】すると見よ、神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。地が揺れ動き、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる人々のからだが生き返った。彼らはイエスの復活の後で、墓から出て来て聖なる都に入り、多くの人に現れた。百人隊長や一緒にイエスを見張っていた者たちは、地震やいろいろな出来事を見て、非常に恐れて言った。「この方は本当に神の子であった。」
午後6時までにアリマタヤのヨセフが遺体を引き取り、自分の新しい墓に葬った。
●土曜日
土曜日は安息日で何もない。
●日曜日
朝早く女性たちが墓に行った。ここから先は来週の話になる。
イエス様の十字架を覚えて一緒に聖餐をいただきたいと思う。
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